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犬・猫・ペットの治療と予防│リリー動物病院

院長コラム

先週・今週と続けてセミナーに行ってきました。

 19日・20日は、“普通の”獣医の学会でした。
 たまたまその週も手術等で帰宅が遅い日が続き・・・・私は19日、しっかり遅刻しましたが、加藤先生は会場が大阪だったにも拘らず、ちゃんと朝9時からセミナーに出ていました。(加藤先生はやっぱり偉いわ~~!!)
 遅い時間まで働いているから偉いわけではなく、そして、セミナーに出てるから偉いわけでもありません。
 それを日々の診療に生かしていかなくては何の意味もありません!
 ・・・と言う訳で、「ちゃんと復習しなくちゃ!!・・・。」と思いつつ、あっと言う間に一週間が過ぎてしまいました。

 昨日のセミナーは、19・20日のセミナーとは打って変わって、ちょっと怪しげな?セミナーでした。

「第10回 日本テレセラピー研究会 総会」 です。
 こういうセミナーに出席するようになったのは、それなりのきっかけがありました。

 次男三男が保育園児の頃、ひどいアトピー性皮膚炎で、母子ともども睡眠不足の日が続いていました。
 当時多治見の開業獣医師の校條(めんじょう)先生の紹介で、私はオーリングと漢方薬で難治性疾患の治療をなさっていた今は亡き宮崎雅敬先生の所に息子達を連れて行きました。
 そのお陰で、かなり息子達のアトピー性皮膚炎(と喘息)は改善しました。

 それから一年後、宮崎先生に師事して、私はオーリングテストを自分の診察で行うようになったのですが、そのご縁で8年前から氏家五十六先生に師事して瞑想をするようになりました。

 ちょうどその頃、氏家先生がインドで100年前から代替医療として行われている遠隔治療(宝石光線療法、以下テレセラピー)の機械をインドから導入され、堀田先生を始めとする医師、歯科医、整体の先生、獣医師などが使い始めました。

 それ以来、私も患者さん達に西洋医学の治療をしつつ、必要だと感じた時はテレセラピーをさせて頂いています。
 実は昨日はそのテレセラピーのセミナーであり、テレセラピーのみならず、その他の遠隔治療をなさっている先生方のセミナーでした。
 どの先生も難治性疾患の患者さんの為に、通常の治療(西洋医学など)をしながら、遠隔治療をしてらっしゃる方ばかりであり、その実績は素晴らしいものでした。
 そして、それは先週の獣医の学会でも共通することですが、目の前の患者さんの為に常に勉強しつつ尽力なさっている事が講義内容から伺われました。

 ある獣医師は、その動物と向き合った時に、その子が何を考えているのか、直ぐ解るそうでした。 
 今でこそ、マスコミの影響もあり、“アニマルコミュニケーター”と言う言葉がメジャーになりつつありますが、その方は何十年も前から動物と対話をしてらっしゃるとの事でした。
 それが出来たら、飼い主さんと動物との橋渡しができたり、末期の病気の動物が本当に治療を望んでいるのかどうかを聞くことができるので、素晴らしいな~!と思いましたね・・・。

 その他感動するお話や目から鱗の話などいろいろありましたが、全部書くのはしんどいので、後半に講師をされた堀田先生のお言葉をご紹介したいと思います。

 「人は人を癒してこそ癒される。人は人を愛してこそ愛される。人は人の為に生きてこそ命が輝く・・・。」

 やはり堀田先生のお言葉はいつも考えさせられます。
 今回セミナーに出席して、私も人と動物を癒せるような獣医師になれたら・・・!と心から思いました。

2010年 6月 29日 掲載

 この5月2日に私は大切な友人を亡くした。
 彼女とは、去年9月にたまたま常滑の倫理法人会のモーニングセミナーで名刺を交わし、その後お手紙を頂いたのがご縁であった。
 その後、10月の大府のモーニングセミナーで講師をされる事を知り、聞きに言った。

 タイトルは 『今を生きる』
 たまたま学生時代に名古屋球場でアルバイトをしていて、彼女のお店のオーナー(以下社長)のお母様にその働き振りを見染められ、その後社長の経営する喫茶店で何年か働いた後、料亭の女将に抜擢された。
その後13年間老舗料理店の「みその亭」の女将として、顔晴って(頑張って)来た。
 ところが、2006年に卵巣癌になり、手術後復帰したが、二年後に再発。その時「余命半年」と医者に告げられる。・・・10月の講演では、「そういう事って、普通本人に言う前に家族に一旦伝えませんか?!いきなり医師にそう告げられ、本当に驚きました。」と当時の気持ちを率直に話していた。


大府のモーニングセミナーにて

 講演では、医師の言葉にショックを受けて迷った挙句、瀬戸内寂聴さんに会いに行った時の話になった。
 「あなた、そんなこと悩んでいるの?!今こうして話している私だって、明日外に出れば何があるかわかんないのよ!明日は交通事故で死んでるかも知れない。余命半年ってはっきり言ってもらえただけで、残った人生をどう生きれば良いか考える事が出来るんだから、突然死ぬ人より幸せじゃない!!」・・・少し違うかも知れないが、その時寂聴さんはそんな様な事を言ったそうである。
 「寂聴さんの話をお聞きして、『人は死に方は選べないけど、生き方は選べる。だから毎日を後悔しないで生きていこう!』と思うようになりました。」と、その講演で彼女は語っていた。
 「余命半年」と告げられ寂聴さんに会いに行ってから、その時既に二年が過ぎていた。

 その講和を聞いて私は 「この方の癌が治るようにご協力するのは私の使命かも知れない・・・!」 と、もしかしたら彼女にとって迷惑な話だったかも知れないが、「京都にとても素晴らしい医師がいらっしゃいます。一緒に行きませんか?!」と誘った。
 京都の医師とは伏見区で西洋医学だけでは改善しない病気を代替医療にも力を注ぎながら、日夜難病の治療に尽力なさっている堀田先生のことである。

 なんと驚いた事に、初めて癌が見つかった時、彼女はお店に来られたあるお客さまの紹介で、堀田先生の所で治療を受けていたのだった。
 とても経過が良かったので、「今の調子なら、しばらく通院しなくても良いですよ。」との事でずっと通院していなかったそうであった。
 ここで、また深いご縁を感じた。
 お互い忙しい中メールを交わしながら、堀田先生の治療を受ける事が出来たのは、今年の2月のことであった。
 去年の10月、彼女のセミナーで会った時はあんなに溌剌としていた彼女だったが、この2月に堀田先生の所に行く直前には、腹部が腫れ足もむくみ、正座もままならないほどになっていた。
 その時堀田先生は、彼女の手を握り 「何でもっと早く来なかったの?!ずっと気に掛かってたんだよ! いつも側にいるからね!一緒に頑張ろう!」と仰ったのですごく有り難かったと、帰りの車の中で彼女は言っていた。

 そんな身体だったが、彼女は女将としていつもと変わりなく笑顔でお客さまを迎えていた。(正しくは、亡くなる2週間前まで働いていた。)
 3月も一緒に京都に行き・・・この4月中旬、堀田先生の通院の予約数日前にどんどん腹水と胸水が増えだして・・・、急遽近くの病院に入院したというメールが入った。

 4月29日 彼女の事が何だか気になり、お見舞いに行った。
 身体は、かなり痩せていたが、思ったよりも元気だったので安心した。
 だが、二人だけになった時彼女は、「死に方は選べないんだね・・・。  私は他の癌患者さんと違ってモルヒネを使わなくてはならない様な激痛はないけど、腹水と胸水が溜まって、本当に苦しいのね・・・。もう楽になりたい。」と言った。
 同じ苦しみを味わったことのない私は、何と答えて良いものか正直言って戸惑った。
  「何言ってんの?!もっと頑張んなきゃダメでしょう~!」なんて事、到底言えなかった・・・・ただ、ただ彼女の手を握って話を聞く事しか出来なかった。

 彼女の話を聞いている時、甲斐甲斐しくお世話をしていた社長が入院室を出たり入ったりしていた。
 後で知ったのだが、その時お店のスタッフさんがお見舞いに来ていて、彼女に晩御飯を食べさせてから帰る事になっていたようだった。
 私が何時までも帰らないので、社長はスタッフさんに気遣って早くその人を帰らせてあげたくて、少し困っていたようだった。
 そんな事を知らない彼女と私は、ずっと話をしていた。
  「そうだ!こないだ講演した時に皆さんにお配りした『おかめパン』がもう直ぐここに来るのね! ゆり先生、待って帰って!! お子さん達のお土産に・・・!」と言ってくれたので、そのパン屋さんを待つことになった。
 社長の意に反して?パンはなかなか届かず、一時間ほど待ってようやく来た。


おかめパン

 話をしている時も、帰る時も涙が出てきて・・・帰りの車の中で、「一体私は何をしに行ったんだろう・・・。」と、つくづく自分が情けなくなった。
 
 そして、5月2日・・・再び彼女を訪ねると、彼女は意識もうろうとしていた。
 社長が「もう昼からずっとこういう状況なんだよね・・・。」と苦悩の顔で私に言った。
 側で見ているのが辛いのか、社長が入院室から出て行った時、彼女はもうろうとする中で 「暗くして~。もう寝かせて! まだ?!まだダメなの~?!」と何度もうわ言のように言った。
 私は、「大丈夫、電気消したよ。カーテンも閉めたよ!さあ、ゆっくり寝ようね!」と泣きながら彼女に言った。
 そして、社長が入院室に帰って来た時、彼女は頭を上げて、おそらく全身全霊の力を込めて、精一杯の笑顔を私達に見せてくれた。
 これが彼女の 「ありがとう。さようなら」 だと感じた。
 これが彼女との最期の別れだと・・・。

 やがてご家族の方々がお見えになり、私が帰宅して二時間程したら、スタッフの方から訃報の電話が来た。
 それは彼女の誕生日の十分程前であった。

 受け入れなくてはならないのだが、彼女の死を受け入れたくない私がいた。
 弱い私は、29日から告別式までの間、仕事以外の時はずっと飲んだくれていた。
 でも、そんな事をしても彼女は帰ってくるわけではないし、喜んでくれるわけでもないと思い、4日の日、心の区切りをつける為に、彼女の告別式に出た。
 今でも、逢いたい。逢ってもっといろいろ話を聞きたい・・・。
 ご家族の話、社長の話、仕事の話、新しい恋の話・・・まだまだ続きがある筈だと絶対思っていたのに・・・。
 でも、彼女は再発してから、残った人生を『今を生きよう。』 と、最後まで本当に最後まで精一杯生きたのだと思う。
 彼女は私だけではなく、彼女の話を聞いた多くの人の心の中に今も生きている。
 
 人は(動物も)確実に死ぬ・・・。
 だからこそ、『今、この今を生きなくてはいけないのだ。』 と、彼女は私達に教えてくれた。

 與語淑子さんのご冥福を心からお祈りすると共に、彼女に感謝の意を捧げます。合掌・・・。

2010年 5月 12日 掲載

 去る4月26日 大阪市で産婦人科診療をなさりながら、自称『健康法師』として、精力的にいろいろな活動をなさっている 昇幹夫先生(http://homepage2.nifty.com/smilenobori/) のお話を聞く機会に恵まれた。

 その講演会のタイトルは 『死を想え・・・笑って死を考える』 であった。
 笑いあり、涙ありのあっと言う間の二時間だったが、その中には私がこれから生きる上での大きなヒントが沢山詰まっていたように思う。

・癌になる原因の3割は、「人間関係のストレスや生きがいの喪失」が占めるそうである。
 因みに残りの7割は、食事(欧米化の食事)とライフスタイル(不規則な生活。働き過ぎ)だそうである。
・そして、新潟大学の安保徹教授も「免疫革命」で、言っておられるように、癌は免疫抑制の極限(交感神経過剰状態の持続)で起こる病気であるとの事。

だから、「癌は笑って治そう!」と言うことらしい。
 因みに、よく言われているNK細胞(ナチュラルキラー細胞)は、癌をやっつけると言うことだが、そのNK細胞を元気にするには、昇先生曰く、
1.笑うこと。 2.泣く事。 3.人に話を聞いてもらうこと(ホッとライン)。 4.お華粧すること。 5.楽しく歌うこと。 6.良い睡眠を十分とること。 7.冷たい物を取らない。冷やさないこと。・・・つまり心地良いと思う事が大切だそうである。

 講演会の中で、いろいろ話が出たが、ざっくりまとめると以上のことであり、昇先生の雑談も含めて、私の心に残った言葉は、以下の通りである。

・「死を考える」と言う事は、「残された人生をどう生きるか!」と言うことである。
・「やった後悔とやらない後悔・・・」死ぬ時に後悔するのはどちらか?
・残った人生、なるべく一緒にいて心地良い人と過ごそう!・・・自分の周りの人を好きな人と嫌いな人の二つのグループに分ける。
 食事をした時に美味しい!と感じるのは、その食事の豪華さではなくて、誰と一緒に食べるかである。よって、食事(飲み会も含む・・・おそらく!)は好きな人と摂るべきである。(正しく、そう思う!)
・非まじめ発想の勧め(これこそ癌にならない!だとか・・・?!)
・母親は命を懸けて子供を産む。普通に生まれる事は決して普通のことではない。

・・・もっともっといろいろなお話が出ました。
 もしご興味のある方は、上に書いた昇先生のHPをご覧になるか、機会があれば、直接昇先生にお逢いしてお話をお聞きくださいね!
 わたくし如きが 「生と死を語る」なんて本当におこがましい限りですが、最近仕事面でも私生活の面でもいろいろありまして、今回書かせて頂きました。
 時間が取れたら、第二弾、第三弾も行きたいと思います。(そうそう・・・忙しい忙しいと言ってる間に本当に時間が経ってしまって、ちょっとした話も更新しなければ・・・と思っています。)

 それでは皆様、今日も元氣で行きま笑!!

2010年 5月 07日 掲載

 先月、突発性難聴が再発してしまった。

 一昨年初めてなった時は、診察中に聴診器を当ててたら、「う~ん?何か右耳が聞こえ難いかも・・・。」と思って耳鼻科へ行ったら突発性難聴だと診断され、二週間の間ほぼ毎日ステロイドホルモンを点滴して、バッチリ改善した(^^)V。
 治療の後半顔が少し腫れたが、もともと丸顔の私は誰に指摘される事もなく(そう思うと、思いはフクザツだが・・・。)、その後は元通り快調な毎日を過ごしていた。
 人間と言うのは実に勝手なもので、「喉元過ぎれば・・・。」じゃないが、耳が聞こえるようになると感謝の気持ちも忘れ、それが当たり前になっていた。

 そして、先月二度目の再発・・・。

 今度は左耳であり、残念な事に毎日点滴に通っても改善しなかった。
改善するどころか、益々難聴になってしまった。
 初回の時に「毎日点滴に通っても、8割の人しか快復しません。」と言う説明を受けていただけに、ちょっと?ショックだった。
 主治医は明るく腕も評判の医師であった。
 途中の副作用に関しての私の質問にも嫌な顔一つせずにきちんと対応して下さった。

 そう・・・その副作用とは、「今までかつて経験したことのない得体の知れぬだるさ」である。
 どうせ睡眠不足のせいだろうと高を括っていたが、そのだるさは日に日に酷くなり、舌には黒~い気持ち悪い斑点が出てきた。
 とうとう点滴が残り二日となった時に主治医に相談して、ステロイドの治療を止めることにした。

 その途中、師温会(人の鍼灸の勉強会)の講師の一人である堺市の国分先生に電話で受診のお願いをしたところ、「工藤さん、忙しいでしょうから、イチイチこちらへ来なくても良いですよ!自分で外関に針さしといて下さい。私もそうやって治してますから。それにもう少ししたら師温会があるからそこで治療して差し上げますから!」と言われた。

 頂いたアドバイス通り、一日置きに自分で針をさしたのが良かったのかステロイドホルモンの点滴の効果なのか・・・治療を止めるお願いを主治医にした時には聴力は完全に戻っていた。

 その数日後に恒例の師温会があり、そこで私は二日間に渡りまたもや「まな板の鯉」が如く、台の上に寝っころがって受講生の皆様の前で背中やら下っ腹やらを出して、治療して頂いた。(いつもは私が患者さんである動物達にさせて頂いている事であるが・・・。)
 二回目ともなると結構腹が据わってきたのか、前回11月に初めて人前で治療して頂いた時は緊張で背中じゅう汗ダクダクであったが、今回はそうでもなかった。
 受講生の皆様に脈を取られたり背中を見せる事は恥ずかしくないと言えば嘘になるが、とにかくこのステロイドホルモンから来るであろうだるさから脱却できるのなら、そんな有り難いことはない!と思ってもいたから緊張しなかったのかも知れない。

 望診(脈診や舌診など)の結果、睡眠不足などの疲労と腎臓が弱いことから来る腎性難聴とのことであった。
 一連の治療をして頂いた後、耳のツボに鍼を刺して、下腹の関元と言うところに火針をして頂いた。(火針とは細い注射針に鍼灸軟膏を三回塗り、その度火で炙った後、その熱~い針をツボに刺すことである。)
 今までワンちゃんや猫ちゃんに火針を何度もさせてもらったが、一度も「痛い!」と怒った子はいなかった。
 でも実際にされてみると・・・「熱痛~!!」と言う感じであった。

 でも、あ~ら不思議~!?
 一年以上前から多尿傾向にあって漢方薬を飲んでいた私だったが、帰って来たらだるさや耳ばかりではなく、多尿の症状も治ってたではないか?!
 更に数日後、京都の堀田先生の所でオーリングテストをして頂いてもその漢方薬に反応はなかったので、今日まで一度も漢方薬は飲んでいない。
 これでまた中医学の奥深さを実感した。
 ステロイドホルモンを否定するつもりはないし、実際ステロイドホルモンを使ったので一命を取り留めた患者さんは何例もある。

 だがしかし、今回の学びはステロイドホルモンはよく効くだけに副作用と背中合わせであると言う事を身を持って体験したことであろうか・・・。勿論他の薬も同様である。
 そういう意味では、確かに私にとってステロイドホルモンの副作用はきつかったが、患者さんの立場になれた訳だし、今後患者さんに薬をお出しする上で、私にとってとても良い体験になったのではないかと思う。

・・・と言うことは、突き詰めて言えばその時に 「嫌だな~・・・・。」と感じる事でも、全てとは言わないが、後で考えると “起こる事は必要必然かも知れない。”と感じた一件であった。

2010年 4月 05日 掲載

 今日、午前の診察の後、手術が入っているとばかり思っていたら、明日の手術を今日だと勘違いしていた。

 何だかちょっと得したような気分になり、久々にホームページのトップの更新をしようと思い、家に帰った。

なかなかハンサムボーイでしょ!?(かく言う私ももしかしたら、親バカに近いかも知れませんね(笑)!)

 私の顔を見るなり、ムサシ(当院の供血犬です。)が「遊んで!遊んでよ~!!」とせがむので、ボール拾いをさせた。

 アタックナンバー1の鬼コーチが如く・・・

「ムサシ、早くぅ~! 早く取れぇ~~!!」と・・・(笑)。

(年がバレバレでんな~・・・。)

こんな石っころの間に、可愛いたんぽぽが咲いてました。

 ふとボールを拾う為に地面を見てみたら~・・・「ほら~! もう春ですよ!」と言わんばかりにこんなに可愛いタンポポが咲いているではありませんか~!!

 とっても嬉しくなって、ついでにコラムも更新した。

「やばっ!!
急がなきゃ~・・・・午後の診察に遅れちゃう~・・・。」

それでは皆様、春を見つけて楽しんでくださいませ☆。

 お勧めの本 カール・サイモントン著 「癒しへのアファメーションブック」
発行所;NPO法人サイモントンジャパン
…先日京都の堀田医院に行った時に、堀田先生から頂いたご本です。

2010年 2月 23日 掲載

今年は、元旦早々から良いお仕事をさせて頂きました。

 当院は、年末から1月2日~4日出産予定のワンちゃんを抱えておりました。
 途中エコーの検査で、胎児の心拍数が少なかったり、お母さん犬が低カルシウム血症(カルシウムが低いと陣痛が起きないのです。)だったりしましたが、去年最後の診察日(30日)には、それらも大体改善してました。
 「安産だといいですね!」と飼い主様とお話してはいましたが、一応帝王切開になった時の為にと、お休み前に当番を決めました。

 帝王切開は、術者の私の他に助手、手術中のモニター係り(モニターを見ながら、患者さんが急変したら治療する役)、取り出した赤ちゃん犬の甦生係り(赤ちゃんをマッサージしたり、ヘソの尾を紐で縛ったり、身体を暖めたり・・・で結構忙しいのです。)で、4人前後は必要になります。

 31日の夜、飼い主様との電話のやり取りで、「破水して1時間以上経っても、産む気配なし。」との事でしたので、急いでスタッフ全員に連絡網のメールをして、待機するよう指示しました。
 病院に着いて直ぐに、陣痛促進剤をうってお産の介助を試みましたが、やはり赤ちゃん達は出てくれず・・・結局帝王切開に踏み切りました。
 取り出した時には、生憎2頭の子は亡くなってましたが、残り2頭は産声を上げ・・・元旦の未明に元気で2頭の赤ちゃんは帰宅しました。(うち1頭は、少し弱い子でしたので、当院で一時間マッサージをした後、朝まで飼い主様達が交替でずっとマッサージをして下さっていたとの事でした!Kさんご一家さま、どうもお疲れさまでしたm(_ _)m。)

 実のところ・・・当番のAさんはデートの真っ最中だったのですが、メールの後、急遽病院に直行してくれ、そして一緒に彼も来てくれたので、ついでに彼に甦生のお手伝いもして頂きました(S君、ありがとねぇ~!!)。
 無事に終って後片付けをしていた時、Bさんが、「本当は、彼が『大晦日は一緒に過ごそうね・・・。』と楽しみにしてくれてたんですよね・・・。彼に悪くって・・・。」とちょっと泣きそうな顔で?言い出しました。
 「そうかぁ~・・・。」と私・・・。
 彼女の話を聞いて、この15年間の色んな事が走馬灯の様に思い起こされました。

 そうなんですよね~・・・。
 この仕事、いつも・・・と言う訳ではないのだけど、結構自分の予定が狂う場面ってあるんですね~。
 三人の子供達と私の友達親子とで旅行に行って、土曜日の夜遅くに現地に着いた途端、入院中のワンちゃんの具合が急に悪くなったので、朝一で引き換えしたり、家族旅行で私だけ途中で帰ったり・・・と、何度子供達にごめんなさいをしたことか解かりません。
 それでも、彼らは幼心に「これは仕事だから仕方ないのだ。」と割り切ってくれていたようで、誰一人として、文句を言った子はいませんでしたね~・・・。
 十年くらい前になりますが、ある土曜日の夕方、子供達三人を車に乗せて帰宅しようとしていたら、また急患が入り、彼らに言った事がありました。
 「みんなだってさぁ~・・・・。ケンが死にそうになったら、やっぱり直ぐに診て欲しいって思うよね! 死んだら嫌だよね~・・・。だって死ぬってことはもう逢えないって事なんだもん・・・・。みんなごめんね~・・・。」と。
 後で考えたら、そうやって何気に子供達を洗脳してたのかも知れませんが・・・(苦笑)。

 でも、今では反抗期バリバリの彼らですが、その件に関しては愚図った事は一度もなく、いつも黙って受け止めてくれていたので、本当に感謝しています。

 そう・・・。
 私の病院に限らず、命を預かっている仕事に就いている人達はこういう場面に結構遭遇するのではないかと思います。

 今回も、そうですねぇ~・・・・。
 大晦日だったし、「確かに無事安産だったらな~・・・。」と思わなかったか?と言うと、それを願ったのも事実ですが、出てきた赤ちゃんを見ると、やはり深夜とは言え、疲れは吹っ飛びましたね~!!

 
 次の日、彼と大晦日に一緒に過ごす事が出来なかったBさんに一斉メール(院内のスタッフの一斉メール)で、「本当にこの間は悪かったね・・・。また今度ゆっくり話そうね!」と謝りました。
 するとAさんが「仕事だから解かっていますよ。」と言ってくれました。
 そしてその後 「マジに大変だけど、その後での喜びを考えたら、この仕事は辞められませんわ~!」と、Bさんが嬉しいメールを送ってくれました。
 確かに大変な場面もありますが、良いスタッフに恵まれて、私は本当に感謝しています。

 何はともあれ、「ほら、この通り! この写真は外の世界に出て、まだ5日目ですが、私達が取り出した赤ちゃんです!こんなに大きくなりました!!」

 やっぱ、辞められないかな~・・・・。この仕事・・・。
 うまく心と身体のバランスを虎(取ら)なくっちゃ~ねぇ!!ですね・・・。

☆今月オススメのDVD;「しゃべれども しゃべれども」・・・国分太一主演の邦画です。心が温かくなりました。
☆今観たいDVD;「黄色い涙」・・・長嶋慎二原作 高校時代に読んだ漫画の映画化です。
☆オススメの中華料理店・・・名鉄半田口の駅東 「まんどう紅」・・・手軽な価格で味もよし!です。 

 今年も皆様と皆様の大事な動物さん達のご健康を心よりお祈り申し上げます(^^)!

2010年 1月 12日 掲載

11月も、やはり忙しかったです。

●14日・15日は、「師温会」と言う鍼灸の勉強会に、この度初めて入れて頂き、とても充実した二日間を過ごしました。
 6年前に発足した「中医学研究会」(獣医の鍼灸の勉強会)の講師をして下さる山内健志先生(東京都杉並区開業)も「師温会」の講師のお一人であり、その他の講師の先生方もすごい方ばかりで、感激して帰ってきました。

 その時私は、“まな板の鯉”になりまして、患者として皆様の前で先生方に治療して頂き、貴重な体験をさせて頂きました。自ら名乗り出たとは言え、超恥ずかしかったです・・・。忘れなければ後日その時の様子をご報告させて頂きますね!

●28日、半田市倫理法人会の50社・100社モーニングセミナーがあり、日間賀島を日本一の観光の島にした中山勝秀古氏を招いて、朝6時半より総勢152名の方に来て頂きました。
 このコラムを見てくださっている方で、出席して下さった方がお見えでしたら、心からお礼申し上げますm(_ _)m。

●そしてその夜、大学時代の同級生の経営するふるはし動物病院(尾西市)にて、午後8時半より、なりた犬猫病院院長が講演する「門脈シャント」の勉強会がありました。
 「正しい診断と早期発見がいかに大事か。」という事を学び、とても勉強になりました。

 その後、古橋君のお宅で成田先生と共にお茶をご馳走になり・・・。
 同級生三人が揃って話をしたのは実は初めてだったのですが、ついついよもやま話に花が咲き・・・気が付いたら2時を回ってました。
 美味しいお紅茶とケーキ、そして素敵な奥様に感激~!!でした。

●今日(29日)は、お墓参りに行ってきました。
 ひと月に一回しか行けてませんが、不思議なことに、行くと気持ちが落ち着くんですね~・・・。
 お墓にいる間ずっと、「ホ・オポノポノ」の「ありがとう。愛してます。ごめんなさい。許してください。」が頭の中をぐるぐるしてました。
 昨夜ふるはし動物病院に向かう途中でずっとかけていたDVDの影響でしょうか・・・?!(これで、私の潜在意識はゼロになりました。ホ・オポノポノをご存知でない方はこの意味がお解かりにならないと思いますが・・・。)

 そうそう・・・まだ学ばせて頂いて4ヶ月そこそこですが、倫理法人会でも「今の自分があるのは両親やご先祖さまのお陰」と言うことで、墓参りを薦めている方が多いです。
 おそらく数ある経営者の勉強会で、墓参りを薦める会は珍しいのでは?と、いつも思います。

そんな訳で・・・久々にコラムを書かせて頂きました。
今読み返してみて、やっぱりちょっと?変な獣医かも??と思いました(笑)。
でも、お陰様で、毎日充実しています!
日々の出会いに感謝です(^^)!

2009年 11月 30日 掲載

 ここんとこずっと忙しくて、大好きな映画を観る暇もとんとなかったが、先日久々にゲオで 『僕はラジオ』を借りてきた。
 これは何度か借りて来ては観る事が出来ずにまた返す・・・を繰り返してきたDVDである。
 数年前にも長男に頼んで借りてきた事があり、彼はこれを観て「母さん、観や~!(観たら?!と言う意味です。)マジに良かったよ!」と言っていたのを思い出し、今回また借りてきたのだ。
 さっき、観終えたが、う~~ん、やっぱり長男が言ったとおり感激した。
 実話に基づいて作られたものだが、観た後何だかとても優しい気持ちになった。
 「正しいと思った事を続ける。」と言うのは、実は結構大変な事なのかも知れないが、このラグビーの監督の様な生き方が出来たら本当に素敵だな~・・・!と思った。

 終ってから何気にケーブルテレビの映画をつけたが最後・・・・今度はその映画にはまってしまった。
 タイトルは『シンドラーのリスト』と言うこれもまた実話に基づいた社会派映画である。
 途中から観たのだが、ナチの時代にオスカー・シンドラーと言う人が、1100人のユダヤ人を救った話を映画化したものである。
 その映画をつけた時は、暗くて残虐なシーンだったので、一旦チャンネルを変えようかと思ったが、最後まで観てよかったと思う。

 クライマックスのユダヤ人達とオスカー・シンドラーとの別れのシーンで、「もっと努力すれば自分はもっと多くのユダヤ人を助ける事が出来たのに・・・・。」と悔やんで泣くオスカー・シンドラーに、ユダヤ人の一人が「一つの命を救う人が、世界を救える。」と言っていた。
 最後は、実際オスカーに助けてもらった人達が、孫や子供達に付き添われながらオスカーのお墓をみんなでお参りして、その映画は終った。
 今、これだけ平和になると(実際今でも戦争はあるのだが。)、そんな事があったなんて、信じられないような気がするが、やはり私達で同じ過ちをしないようにしなくてはならないんだろうな~・・・と思った。

 ・・・・と、ここまで書くと、いかにも私は虫一匹も殺せない優しい人間だと言っているようでとても心苦しい。
 なので、懺悔と共に暴露すると・・・実はこの一~二ヶ月の間、ムサシを散歩した後、ムサシの水のみ場の近くで、毎朝元気なムカデの赤ちゃんを何匹か見つけては殺していた。
 ある時は、でっかいお母さんムカデも・・・。(ごめんなさい・・・。)

 「生きてるだけで罪である。」とはよく言うが、それ以外だって屠殺した動物達を食べて大きくなったんだし・・・だからこそ、「良いかもしれない!」と言う事は、何でもやんなきゃならないんだろうな~・・・。と改めて思った。

 ところで、最後は 「あ~・・・、映画って本当に良いですね~・・・!」と言う台詞で、このコラムを閉めようと思っていたのだが、「うちの若いスタッフ達に言ってもわかんないだろうな~・・・。」と思って止めた。
 この間も、今言うカップルの事をアベックって言ったら、鳥居さんにめちゃくちゃ笑われたし・・・。
 最近やたら、こういう事が多くて困ります。
 何とかギャップってやつなんでしょうかね~・・・・。

2009年 9月 05日 掲載

 5月のある日、月一の鍼灸の勉強会があり、ある事で悩んでいた私は、校條(めんじょう)先生にご相談したところ、『倫理法人会』(http://blog.goo.ne.jp/rinri-handa)と言う経営者の勉強会に入るよう勧められた。

 早速、門を叩きその勉強会に入れて頂いたのだが、『半田市倫理法人会』は土曜日の朝6時半からあり、その後開設された『知多岬準倫理法人会』は日曜日のこれまた6時半からあり・・・この4月から高校へ入学した次男の弁当作りが始まった私としては、結構きついものもあったが、毎回セミナーを受けるうちに、とても有意義で素晴らしい会であるという感想を今持っている。(ただ、セミナーでいくら良い話をお聞きしてもそれを実践しなくては意味がない訳であり・・・深省する毎日である。)

 遅くまで仕事をしている事が決して偉いとは思わないが、仕事の性質上やはりいつも帰りが遅くなり、愚痴一つこぼさずについて来てくれるスタッフ達や家族に感謝しつつ、仕事に追われている。

 私が一番していない事は家事であろうか・・・。。。
 開業してからと言うもの、最初の9年間は休日以外は母が家族の晩ご飯を作ってくれ、今は夫がその役目を果たしてくれている。
 私はと言えば、休日の週に一~二回だけ晩御飯を作り、実質朝ご飯とお弁当作りだけの母親である。
 とっちらかった家を見る度に、もっと気持ち良い空間に家族を置いてあげたいと思うのだが、休日はやはり仕事か他の用事が入り・・・家族に申し訳ない気持ちで日々過ごしている。(玄関とトイレくらいかな~・・・。きれいなのは・・・。)

 有り難い事に?、我が子達もしっかり反抗期に入ってくれているので、たまに「ギャフン!」と来るような事を言われる事もあるが、それも一つの成長過程だと受け止めて・・・、でもお陰様で充実した日々を送っている。

 そうそう・・・「許す」と言う事は本当に難しいことだと改めて思う。
 だって、許せない事を許すんだもんね~・・・と。
 だが、いつも私は色んな方に助けて頂き、そして色んな方に許して頂いての今があると思う。(おそらく患者さん、そして飼い主さま、スタッフ、友人、家族・・・etc・・・。)
 だから自分も人を許さなくてはならないと言い聞かせている。(が・・・まだまだ人間ができてないな~・・・。と思う場面もある。
 その前に自分を許して愛して・・・そこから始まるのかも知れないけど・・・。ただ、以前よりはかなり自己否定感がなくなったように思う。)

 「倫理法人会」で、皆様が「実践こそ大事!」と言ってらっしゃるので、決めた事は一つでも良いからやっていこうと思っている。
 「まずは何からやるの?」ですか~??
 う~・・・ん。やっぱ整理整頓と時間を守ることかな~・・・。

 そう・・・、ひとまず 「悪い癖は癖にして直そう(^^)/.。」と思っている今日この頃である。(これは以前通っていた瞑想の師匠から教えて頂いた言葉である。)

2009年 8月 30日 掲載

 私達父子はとっても屈折した関係だったと思います。
 父はそう思ってはいなかったと思いますが、私は昔から父があまり好きではありませんでした。

 忘れもしない、私が小学校三年の時、母の実家に、母と兄、私、弟で行った時、当時は犬が放し飼いでありまして、私の愛犬チロが留守中に居なくなってしまいました。

 一応父が仕事の合間に、チロにご飯だけ与えてくれる約束になっておりましたが、私達が帰ってきた時には、チロは私達を捜しに出たのか、行方不明になっておりました。

 それで翌日学校に行く前に保健所(今の動物保護管理センター)へ父に連れられて探しに出かけました。
 道中、「お前達がちゃんと可愛がってないからこういう事になるんだ・・・。今頃もう、チロは保健所で殺されてるぞ!」と私達を戒める為に?そう言ったのでしょうが、可愛がっていたチロが居なくなって、悲しんでいる私の傷口に塩を擦り込まれているようで、悲しいの半分、父が憎いの半分で・・・涙をこらえながら、保健所向かった覚えがあります。

 大学を決める時も、父はどうしても兄や私を獣医にさせたかったようで、「お前は大学に行きたいか?! 獣医の大学に行かなかったら、わしはビタ一文 金を出さんぞ!」と言われ・・・昔から描いていた夢はあったのですが、選択の余地もなく、獣医の道を選ぶ事になりました。
 「本当にこの道は私にあっているのだろうか・・・??」と言う疑問がいつも頭をもたげてきて・・・、暗くて長い学生時代を送ったものです。

 後で考えたら、父は不器用な性格であるのと同時に父自身思春期に満州に行かされて、甘えたい時に親に甘える事も出来なかったのでそういう形でしか私達子供に接する事が出来なかったのでしょうね・・・。

 私の夢も、今思うともっと頑張って主張したら通ったかも知れないのに、諦めてしまった自分にも問題はあったのかも知れません。(かの有名なマチャコさんも厳しい両親の反対を押し切ってお笑いの世界に入ったのですもんね・・・。私の夢はお笑いではなかったのですけどね・・・。)

そんな父も、3年半前のある寒い夜、難産の牛の治療をする直前に、酪農家さんの所で、脳内出血で倒れ、その後一命は取り留めたものの、右半身不随になってしまいました。
 リハビリの甲斐あって、今は母と一緒だったら、お散歩にも出られますし、言語も戻りつつあります。

 ですが、一旦病気になった父は以前の父とは別人の様になってしまいました。
 たまに実家に寄る度に「あ~・・・ゆり子か~・・。いつもありがとうな~! ご苦労さん、お前達のお陰だよ!身体に気をつけるんだよ!」と言ってくれます。
 「あの激しかった父はいずこへ??」と言う感じです。

 そんな訳で、学生時代は選んだのは自分とは言え、私の人生を変えてしまった父を恨んでいた時期もありましたが、今、こうして好きな道に入る事が出来たのも(正しくは仕事をさせて頂いているうちにこの道が好きになった!!ですね。)、後で考えたら父のお陰だと思います。

 今お話した事とは別に、もう一つ父に感謝している「父の教え」があります。
 それは、『水を飲む時は、いつも井戸を掘ってくれた人に感謝して飲みなさい。』と言う言葉です。
 その言葉は、私が社会人になってから父から聞いた様な気がしますが、この言葉は今でも私の大切な言葉として、いつも自分に言い聞かせています。

 こうして、当たり前の様に仕事をさせて頂いていますが、来て下さっている飼い主さまがいらっしゃる。痛い事ばかりされる所なので絶対嫌だろうに我慢してくれる患者さんたち。
 こんな私に協力してくれるスタッフ達。そして素晴らしい先輩や同輩の方々、困った時に話を聞いてくれる友人達、毎晩遅く帰る私を待ってくれている子供達。私の代わりにご飯を作ってくれる夫・・・そして両親・・・などなど本当に有り難いです。

 『本当に、皆さま、心からありがとうございます!』

 そう・・・。
 今となっては人様に感謝をする事を教えてくれたのは、紛れもなく私と馬の合わなかった父でした。
 そういう父に、今感謝しています。(デヘッ! ついでに言わせてもらえば、我が子達には、絶対自分の好きな道を歩ませるぞ!と思える様に、反面教師にもなってくれましたっけ!!)

2009年 6月 22日 掲載