院長コラム
今回は楽しいだけの旅ではなく、「ラーマン・ババ」にお逢いして心の底から癒され、当日のみならず次の日の不思議な体験も含めて帰国してからの「自分達の役割」のようなものを感じて帰ってきた。
おそらく一緒に行かれた方々も同じような事をお感じになったのではないかと思う。
と、ここまで書くと、「お~?!!」 と思わせる様な感じではあるが、一先ず日本のホテルとは違うシムラのホテルの様子などを書いておくことにする。(インド全部がこのようなホテルではないと言う事も一応お断りしておくが・・・。)
(※写真をクリックすると拡大します)
その1で、書いた通り、つわりを思い起こすような苦しみに耐えながら、“あんな山 こんな山” を越えて、12日の夜ようやくシムラのホテルに到着した。
そこのホテルで夕食を頂いたのだが、旅行中同行された方のうちの二人の方のお誕生日が重なった為(二人は全く赤の他人なのだが)、前日のうちにケーキを二つホテル側に作って頂き、その日はみんなでお誕生祝いをした。(氏家さんとその他の企画者の方々、なかなか憎い演出をしますよね~(^^)V・・写真1・2・3)
初めてお逢いする方々もいらしたのだが、本当に不思議なもので一緒にご飯を頂いていくうちに(毎日カレー三昧だったが。)、本当に仲良くなる。
しばし仕事から離れ、別の空間に来たという開放感もあった為か、常に笑いが絶えなかった。
いよいよ明日は、ラーマン・ババにお逢いできる日だと心を弾ませて、部屋に入ったのは良いが、その寒さに唖然とした。
広い部屋に、小さな電気ストーブが一つだけなのだ!(写真4)
外はご覧の通り、雪、雪、雪・・・だった。(写真5、この写真は翌朝部屋から撮ったものである。)
おまけに、風呂場に行ったら肝心のお湯が出ない!!
仕方ないので、この夜はシャワーを諦めて寝る事にした。
布団も薄い毛布だけだったので、押入れから煎餅布団を引っ張り出してきた。(もしかしたら、日本のワンちゃんやネコちゃんの方がふわふわの毛布で寝てるんじゃないかしらん?!と思ってしまった・・・。)
震えながら布団に入ったが、あり難い事に疲れも手伝って直ぐに眠りに就いた。
・・・・だが、間もなく眼が覚めた。
あまりにも寒かったからだ・・・。
そして、よくよく見ると、な、な、な、なんと~・・・暖を取っていたたった一つの小さな電気ストーブがぶっ壊れてるではないか(愕然)!!
真夜中と言うこともあったし、下手っぴな英語でフロントを呼ぶのも面倒くさかったので、「まあ、しゃ~ないか・・・。おそらくこれで死ぬわけでもないだろうし。」と、我慢して朝を迎えた。
翌朝(13日)、人肌に近い温度のお湯が出たので、「今だ!!」と思って深いバケツ様な入れ物(写真6)にお湯??を溜め、震えながら髪と身体を洗った。
勿論、ドライヤーなどはない。
その後、化粧水をつけるのに、指が白くなってかじかんだことは言うまでもない。
9時頃、軽く化粧を済ませて、ラーマン・ババご一行をお待ちした。
ラーマン・ババと楽隊の方々が、わざわざ私達の為に750キロ以上ある道を車でカシミールからシムラまで逢いに来て下さったのである。
ラーマン・ババは飛行機がお嫌いなので、シムラまで24時間近く掛かったそうなのだが、途中道が崖崩れに遭い、「もしかしたら、シムラに着く事ができないかも知れない。」との連絡が入った。
私は「それもありかも!流れに任せるしかないな~・・・。」と思ったが、ご一行はちゃんと9時には来て下さり、その後楽隊の演奏と個人セッションが始まった。
その3 に続く
9日の夜、仕事をギリギリまでこなして、長男に頼み込んで名古屋駅まで車で送ってもらった。(名鉄の高島屋前のところまで。)
実に生まれて初めての体験だった。
なんと、最終の東京行き新幹線に駆け込み乗車したのである!
今回の旅行の集合は、10日の朝9時成田空港であった。
前泊しないと到底間に合わない事をギリギリになって知った私は、慌ててホテルを取って、仕事をしてから成田空港に向かう事になった。
名駅内を必死で走り抜け、汗ダクで新幹線に乗り込んだ時、「ひゃ~! インドに行く前からこれなの?!」と、我ながら苦笑してしまった。
東京駅に着いたら、もう成田空港行きのエクスプレスはないとの事!
おのぼりさんが如く(実際おのぼりさんなんだけど)、駅員さんに行き方を尋ねながら、電車を乗り継いで成田駅からはタクシーに乗り、やっとこさ空港近くのホテルに着いたのは夜中の12時をまわっていた。
その夜は爆睡し、翌朝チェックアウトをしていたら、そこでこのツアーの企画者である氏家さんにお逢いした。
さあ~、これからインドへ出発である!!
ところで・・・出発前に息子達に「母さん、インドへ一週間行ってくるから、みんな元気でいてね!」と言うと、「またインド~?? なんで、インドなの?!もっと綺麗な国がいっぱいあるじゃん!」と三男。
「う~ん。確かにもっともな意見ですな・・・・。でもやっぱインドが私を呼んでるのよね!!」と私。
その後 「母さん、インドは列車の事故があったばっかりだから、やばいんじゃないの?!」と次男。
「な~んだ・・・。普段は憎まれ口ばっか叩いてる癖に、ちょっとは私のこと心配してくれてるんだ!」と、心の中でほくそえんだ後、「うん、母さんあんた達と居られるの、これが最後になるかも知れんから、優しくしてよね!」と言ったら、軽くスルーされてしまった(苦笑)。
さて、今回の旅は総勢39名の「ラーマン・ババを訪ねるインドへの旅」である。
半数強が、整体師、医師、歯科医師、獣医師などの医療従事者である。
そして、残りの方々は、医療従事者の方の奥様や今の事業をより成功させたいという経営者の方々の集まりであった。
(※写真をクリックすると拡大します)
10日の朝、インド行きの飛行機に乗り、約7時間後にデリーに着き、メトロポリタンホテルに一泊した。
次いで11日は、早朝5時半にホテルを出発して、「デリー駅」からシャタブディー特急で「ハリドワール」まで行き(写真1・2・3)、昼食後、聖地リシケシに移動した後、ガンジス川で沐浴をして(写真4・5・6・7)、夕方は聖火儀式に参加した。(写真8・9)。
夕刻のガンジス川にある雄大な神の像に感動し(写真10)、その儀式に参加した時、
「あ~・・・私、やっぱりインドに来たんだわ~!!」
としみじみ感じた。
11日は、リシケシで一泊した後、12日は、いよいよラーマン・ババと落ち合うべくシムラに向けて朝8時半に出発した。
8年前に私が初めてインドに来た時、このツアーは20名前後だったと思うのだが、今回は39名の大人数であった為、9つに班分けして各班で人員点呼等をすることになった。
私は、パチンコ業界の社長お二人と自販機の会社の社長と同じ班になり、殆ど彼らと行動を供にした。
日頃、異業種の方とあまり話をする機会がないのだが、班長の三井氏の話は実に面白く、車中ではずっと笑いが絶えなかった。
とは言え・・・インドのガタガタ道とラリーにでも出れるんじゃないかと思われる程の現地の方の運転さばきで車酔いしてしまい・・・一応写真は笑顔で写ってはいるが(写真11)、20年前のつわりを思い出させる様な辛い辛い8時間であった(写真12~14)。
その2に続く~・・・。
今、成田空港の飛行機の中です。
昨夜までバタバタしながら、何とかここまで来れました。
これも一重に皆さまのお陰と、感謝しています。
今日から一週間インドへ旅立ちます。皆さまのご健康をお祈りしつつ...それでは行って参ります(⌒0⌒)/~~
1月8日・9日と二日連続で、東京にてローレン・マッコール先生のアニマルコミュニケーター養成講座を受講した。

アニマルコミュニケ—ターとは、人によって方法は違うかも知れないが、私が今回習ったのは、動物の眼やシグナルサインだけではなく、動物の魂に働きかけて、テレパシーで動物と交信(対話)をする仕事をしている人の事である。
数年前より、ハイジさんと言うアニマルコミュニケーターの方が、結構マスコミで取り上げられていたようだが、放映されていた時間帯は大体仕事をしていて見た事がなかったし、むしろあまり興味がなかった。
ただ、二年前に、中獣医学研究会(鍼灸の勉強会)の講師の山内先生の所にアニマルコミュニケーターの仕事をしてみえる飼い主様が来院された事があり、その方が「サービスで山内先生のお家の猫ちゃんの意見を聞いてあげましょうか!?」と言うことになり、その時の話(山内家の猫ちゃんが考えていたこと)をたまたま山内先生からお聞きして、少し気にはなっていた。
その後(ちょうど去年の今頃)、当院に鍼灸の治療をしに来て下さっていたフレンチブルドッグの小雪ちゃんの飼い主様(Oさん)が、内海でローレン先生の「アニマルコミュニケーションプライベートセッション」を受けられ、その内容を彼女からお聞きして更に興味を覚えた。因みに、「アニマルコミュニケーションプライベートセッション」とは、事前に質問事項をOさんが用意して、ローレン先生に小雪ちゃんと会ってもらって、小雪ちゃんと対話した後その内容をOさんにお伝えすることである。
その時の話をOさんからお聞きして、「犬達は、私達人間が思っている以上に考え深い動物なんだな~・・・。」という事と「驚くべきほど家族の事を観察しているものだな~!」と妙に感心してしまった。
当日のセミナー1日目にローレン先生も同じ事をおっしゃっていた。
もちろん、ローレン先生がOさんに「小雪ちゃんはこう言ってましたよ!」とおっしゃった事が絶対本当であるという証拠はないのだが・・・。
ところで、二日間出席して感じたことは、『ローレン先生は魂のレベルの高い人である!』と言うことと、「もしかしたら交信の方法を取得して練習さえすれば、誰でも動物達と対話できるのではないだろうか?!」と言うことである。(な~んて、二日間しか出席してないわたし如きが言うのもオコガマシイ話なのであるが・・・。)

ローレン先生と通訳の山崎恵子先生
ローレン先生は、講義の中で詩人や哲学者などの言葉を引用して、「動物達を同じ視点で見なくてはならない・・・決して動物達は我々人間の所有物ではないし、毛皮を着た人間でもない。だから擬人化してはいけない。人間ではないが、同じ地球に生まれ落ちて共に旅をする、彼らは同じ地球の仲間なのである。」とおっしゃっていた。
そして、アニマルコミュニケーターの役割は、動物と飼い主様との橋渡しと言うか、いわゆる通訳みたいなものだとおっしゃっていた。
例えば「なぜトイレ以外の所で排尿するのか?」と言ったような問題行動に関して、その動物(もしくは動物の写真)に直接原因を聞くことにより、解決する方向に導いて行く。勿論長い間の問題行動に関しては癖になっている時もあり、直ぐに改善しない時もあるそうだが・・・。
更に彼女の講義の中でとても興味深いと思った事は、「どの動物達もある役割を持って飼い主さまの家に来ている!」と言うことであった。
(正直な話、去年Oさんがローレン先生のセッションを受けられた後で、「ローレン先生のお話では、小雪が我が家に来た役割はこういう事だったらしいのよね!」とOさんからお聞きしてなければ、今回のセミナーを受講していなかったと思う。そういう意味では、ローレン先生や通訳の山崎先生だけでなく、ローレン先生との橋渡しをして下さったOさんにも心から感謝している。)
さて、今回のセミナーではどのような事をしたかと言うと、まずは呼吸を整えながら軽く瞑想状態に近いところまで持って行き、基本的な動物との対話の仕方を教えて頂いた。
その後、お互いに持ち寄った動物達の写真を一旦テーブルの上に並べ、それを各々の生徒が一枚ずつ選び、その動物の写真と対話をしてそれをみんなの前で発表した。
その時に実際に写真の動物の飼い主様であるその中の生徒さんにその場でいろいろ意見を聞いてみるというのを繰り返した。
驚いた事に、二日めには実際の飼い主様しか解からない様なことも、みんなが動物(正しくは動物の写真)から聞き出していたり、その動物がその家に来た役割等を聞くことができるくらいにまでなっていた。(勿論、未だ初歩段階ではあるが・・・。)
ところで、先程の 「ローレン先生は魂のレベルの高い!」 と私が感じた話に戻るのだが、ローレン先生の仕事の依頼の4割は、亡くなった動物達との対話だそうである。
彼女の仕事(役割)は、動物達からのメッセージを飼い主様に伝えることによって、彼らの飼い主様への思いと同時に、死は決して怖れるものではないと言う事。そして死を考えながらも、生きている間にお互いに成長しあう事が大切であると言う事を伝えて行くことであるとおっしゃっていた。
正に動物達のメッセージを通して、人への「死と生の教育」であると・・・。
それをお聞きして、ローレン先生は実に深いお仕事をしてみえるな~と思ったのである。

他の生徒さんが同居している動物の写真と対話した後、その内容を発表しているところ。
実はもっと早くこのコラムをアップしたかったのだが、平日は自分の時間があまりなく・・・そして、もっともっとローレン先生の素晴らしい授業の内容を書くつもりだったが、忙しくてそれもままならない・・・。もしかしたら、いつか 「アニマルコミュニケーション その2」を書くかも知れないが、なかなか時間が取れないかも知れない。
なので、もし、もっと興味のある方がいらしたら、ローレン先生の著著「永遠の贈り物・・中央アート出版社」をお読みになるのもお薦めだし、直接ローレン先生の講義を受講するのも良いのではないかと思う。
二日に渡るセミナーが終わり、嬉々として息子達にセミナーの話したら、何とも言えない顔で私の事を見つめだした・・・まるで宇宙人を見るような、でもちょっと?呆れた様な眼差しで・・・。
でもそれでも良いのです!!
全員の人に理解してもらいたいなんて思ってないし、それにそもそも何故私は、このセミナーに出たのか・・・???
そう!本当はもっとアカデミックなセミナーに出て、最新の技術を身につけるべきなのかも知れないが、末期の患者さんの治療をしていると、飼い主様の気持ちも大切だが、患者さんである動物達は本当に治療したいと思ってるのかどうかといつも考えてしまうからである。
もしかしたら、今、対症療法として、お薬を出している患者さんの中にも 「もう、治療はうんざりだわ!!」と思実はもっと早くこのコラムをアップしたかったのだが、なかなか忙しくてままならなかった。
そして、本当はもっともっと内容のことも書きたかったのだが、うまくまとまらないようなので、このくらいにした。(それでもかなり長くなってしまったのだが・・・。)
もしかしたら、半年後に再受講して、 「アニマルコミュニケーター養成講座 その2」を書くかも知れない。
でも、もし興味のある方がいらしたら、ローレン先生の著著 「永遠の贈り物・・中央アート出版社」をお読みになるのもお薦めだし、直接ローレン先生の講義を受講するのも良いのではないかと思う。
ところで、二日間に渡るセミナーが終わり、家に帰った私は、嬉々として息子達にセミナーの話をしたのだが、彼らは何とも言えない眼差しで私の事を見つめだした・・・まるで宇宙人を見る時のような、でもちょっと(いや、かなり)呆れた様な・・・。
でもいいんです!(きっぱり!)
全員の人に理解してもらいたいなんて思ってないし、それにそもそも何故私は、このセミナーに出たのか・・・???
そう!本当はもっとアカデミックなセミナーに出て、最新の技術を身につけるべきなのかも知れないが、末期の患者さんの治療をしていると、飼い主様の気持ちも大切だが、「患者さんである動物達は本当に治療したいと思ってるんだろうか?!」といつも考えてしまうからである。
もしかしたら、今、対症療法としてお薬を出している患者さん達の中にも 「もう、治療はうんざりだわ!!」と思っている動物達がいるような気もする・・・。だとしたら、彼ら(彼女ら)の声ばかり聞いていたら、我々獣医の商売は上がったりかもしれない・・・(苦笑)! でも、辛い治療を受けている動物達から可能なら本音を聞いてみたいと思ったのである。
そんな事が本当に出来たら、こんな素敵な事ってないと思いませんか?!
と言うことで、今日も長いコラムにお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。
以上、アニマルコミュニケーター養成講座のセミナーのご報告でした。
去年の12月に東京で『テレセラピーのセミナー』(テレセラピーとはインドで100年の歴史を持つ宝石を使った遠隔治療の事。)で、京都の堀田先生にお逢いした時に堀田先生が仰った言葉が妙に心に残りました。
「工藤先生、バージョンアップしたテレセラピーの機械、ちゃんと使ってる?! よ~っく効くから、絶対使わないともったいないよ!」と堀田先生。
「はい! ホント、この機械、すごく効果がありますね! ただ、テレセラピーをしてかれこれ8年になりますが、飼い主さまに変な獣医だと思われるのが怖くて、こういう治療をしているという事を公言できない私がいるんですよね・・・。」と私。
するとすかさず、「工藤先生、何言ってんの??変わってるって事は一つの個性なんだよ!そんな事を恥じる理由は一つもないんだよ!変わってると言われても、これが自分の個性なんだと堂々と認めれば良いんだよ!」と堀田先生。
その日からひと月が経ち・・・たまたま息子達が好きな「THE BLUE HEARTS」の 『ロクデナシ』 と言う歌を久しぶりに聴いた時、何だか腑に落ちるようなものを感じました。
1 役立たずと罵られて、最低と人に言われて
要領よく演技できず、愛想笑いも作れない。
・・・略。
全ての僕のようなロクデナシの為にこの星はグルグルと回る~劣等性で十分だ~。はみ出し者で構わない~♪
お~おお~・・・
生まれたからには生きてやる!(二回繰り返し)
(サビ)
2 誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない。
自分を殺すことはないありのままでいいじゃないか。
・・・略。
(この後サビ)
サビの部分も良いんですけど、気になるのは2番のこの歌詞です。
そうか!!
私も人目を気にせず(怖れず)、ある程度自分をさらけ出しても良いのかも知れないと、少し思うようになりました。
そう!こと治療(仕事)に関して、もっと思うことをこのコラムに自由に書いても良いのでは?!と・・・。
と言うわけで、今年から少しスタイルを変えることに決めました(^^)V。
ところで・・・『ロクデナシ』とは無関係なんですけど、お正月に観た映画(DVD)でとても気に入ったのがありましたので、ここでご紹介しますね!
『プレシャス』です。
もう3回も観てしまいました・・・!
これホント、お勧めです。
☆それでは今年も皆様にとって素敵な一年でありますように~(^^)!
ありがとうございました。
11月19日(金)と20日(土)は、12年間当院で看護士長を勤めてくれた由起さんの結婚式・披露宴と二次会でした。
由起さんは、20歳の時に当院に来てくれました。
当時一歳ちょっとでヨチヨチ歩きだった三男は今は中二となり、結婚式に出掛ける朝、私に 「母さん、由起さんにおめでとう~♥って言っといてね!」と言いました。
段取りの悪い私は、かなり前から彼女に披露宴でのスピーチを頼まれていたのですが、前日も夜遅くまで手術が入り、結局ちゃんとスピーチの練習ができたのは、家を出る直前でした。
「あかん、あかん・・・スピーチの練習してるだけで泣けてくるわ~・・・!」と思いつつ、急いで結婚式に向かいました。

一日め、護国神社にて
神前で誓いの言葉をご主人が述べた後にパチリ!
一日めの結婚式は、厳かな雰囲気の中、護国神社にて行われました。
何だか娘を送り出すようで、式の時に既に涙・・・。
その後、場所を変えて「料亭吉川」にて披露宴がありました。
乾杯の後、新郎紹介のスピーチがあり、その後私の出番となりました。

同日神前結婚式の後の披露宴
「おめでたい席とは言え、良い年して泣いてはいけない!ちゃんとお役目を果たさなければ・・・。」と、何度も自分に言い聞かせてましたが、「由起さんはどんな状況だろうといつも任務をまっとうしてくれました。
一緒に組んでいた看護士の病欠が続き、看護士が由起さん一人になって大変だった時も愚痴一つこぼさず、一緒に仕事をして来てくれました。
明け方まで二人で手術をした事も何度もあり・・・『あ~、由起さん、また二人だけになったね~・・・!』 と私。すると 『はい!』 とニッコリ笑っていつも答えてくれた由起さんに心から感謝しています。」 と言う途中で、言葉に詰まり・・・側にいて下さった司会者の女性がハンカチを下さいまして、泣きながらスピーチをしました。
その話の時、近くで泣き声が聴こえ・・・それは紛れもなく由起さんの声でした。
思い起こせば12年間、由起さんは私の戦友の様な奥さんの様な・・・そんな存在でしたね・・・。
仕事中何か困った事があると、直ぐに「由起さ~ん、この機械調子悪いんだけど、どうにかして~!」 「由起さ~ん、この書類任せたからよろしく!」・・・とこんな感じでしたので、よく飼い主さまに「先生、由起さんが結婚して退職したら、どうするつもり~?!」とからかわれましたっけ・・・。
そして披露宴も後半となり、ご主人の恩師に宛てた手紙と由起さんのご両親に宛てた手紙の朗読が始まりました。
恩師の先生は突然の彼のスピーチにびっくりなさって感激して泣いておられました。
勿論その後由起さんのご両親への感謝の言葉でご両親も・・・そして私も・・・そして一緒に由起さんとご主人を引き合わせたメンタル(日本メンタルヘルス協会と言う心理学の勉強会)の仲間の福ちゃんも泣いてましたっけ・・・。
本当に心温まる披露宴でした。

二日め、二次会にて
次の日の二次会はお二人の友人等総勢72人が集まり、とても賑やかで素敵なものでした。

同日二次会、メンタルの仲間と共に
由起さん、12年間本当にありがとう~m(_ _)m。
今、病院は人手不足で大変だけど、今のスタッフも由起さんを見習って本当に頑張ってくれてるから、どうぞ安心してね!
11月14日(日)に、第58回 中獣医学研究会のセミナーがありました。
いつもの如く、朝10時よりそのセミナーはあったのですが、「午前中は校條先生の基礎編の講義、そして午後は山内先生が応用編を講義して下さる。」と当たり前の様に思ってましたら、それは当たり前ではありませんでした・・・。
セミナーの準備をしている時に、事務長の岩西先生に「今日は、山内先生最後の授業ですよ!山内先生には、全国いや、世界に羽ばたいて頂かなくてはなりませんから・・・。」と言われました。
しばらく仰っている意味が解からず、ぼう~っとしてましたが、後任の西依先生(東京都開業。師温会の講師。山内先生の後輩になります。
山内先生同様鍼灸をなさる獣医師兼、人の鍼灸師でもあられます。)が初めてセミナー会場にいらっしゃったので、事の次第を理解できました。
「そんな~・・・(驚き)。そんな~・・・(悲)。何にも知りませんでしたよ~・・・。山内先生の講義が今日が最後だなんて・・・!!」とショックを隠せない私達・・・。

最後の授業と知り、カメラを構えましたら、やられましたっ!
もう!山内先生、お茶目なんだから~・・・。
最後の授業と知り、カメラを構えましたら、やられましたっ!
もう!山内先生、お茶目なんだから~・・・。
思い起こせば6年間、雨の日も風の日もず~~っと山内先生の講義を受けさせて頂きました。
でも、山内先生はご自身の病院で動物達の診療、人の診療、そして今年に入ってからは、東京や母校の酪農学園大学でも中獣医学の授業をなさっているので、どんどんご多忙になられてました。
それで、一つのお身体では足りなくなり、山内先生が信頼する西依先生に後任をお願いして大阪名古屋での山内先生の講義は終る事になったのでした。

写真一枚目はお茶目で照れ屋の山内先生にしてやられましたが、今回はベストタイミングで撮れました(^^)V。
気が付けばセミナーノートは5冊目になりました。
6年前、「今は亡き恩先生(中医学の鍼灸師であり、ドクターでもあられます。)の教えを獣医界の獣医師にも伝授しよう!」と山内先生が講師となり、会長校條先生と事務長岩西先生のお三方がこの中獣医学研究会を立ち上げられました。
毎回山内先生の深い授業に感銘しつつ、「山内先生に教えて頂いた事をしっかり治療に活かしているかどうか」と、いつも自分に問いながら鍼灸の治療をさせて頂いてました。

通常は各獣医師が患者さんを連れてくるか、専門学校のワンちゃんをお借りするのですが、今日は校條先生に患者さんになって頂きました。
山内先生、6年間本当にありがとうございましたm(_ _)m。
心より感謝しております。
そして、今後の山内先生のご活躍を中獣医学セミナーの生徒全員でお祈りしております!

左から、山内先生、事務長の岩西先生、後任の西依先生です。
今日(9月23日)は次男の部活の監督がお呼びになった方の講演会がありました。
島袋勉さんと言って、義足のランナーとして各地の小中、高等学校を講演なさっている方です。
タイトルは『夢をあきらめない』
9年前に不慮の事故により、両足切断、高次脳機能障害(会った人と20分経つと、今会ったかどうかも解からなくなると言う重度の記憶障害)、複視(両目で見ると焦点が定まらず、物が二重に見えてしまう)と言うハンディを背負っていながら、見事にホノルルマラソンを完走なさった方です。
そして、何度も手術を繰り返してきた今でも神経腫があり、いつも足に痛みがあると言うことでした。(と言う事はご本人はおっしゃらなかったので、後で講述録を読んで知りました。)
ここまでこられるのに、さぞかし挫折を味わられた事だろうと思いますが、彼はその中で「目標を立て、苦手な事(義足を長時間履くと足が痛くなる事)から逃げない自分の為の練習」として、マラソンを始めるようになったそうです。
マラソンに出るところまでのお話はそれはそれは大変なものでした。
そして、初めてホノルルマラソンに出て2キロまで走った時、その足の痛みに耐えかねて、マラソンに出た事をとても後悔なさったとの事でした。
それでも彼は 「諦めなければ必ずゴール出来る。」 そう信じながら、とうとう41,195キロと言う距離を12時間59分29秒かけて走り抜きました。
以下、この講演でおっしゃりたかった事を私なりにまとめさせて頂きますね。
〔1〕島袋さんが現状を受け入れる為に心掛けた事。
1. ないものねだりをしない。
・・・「足があれば・・。」と言う言葉を使わない。
2. 言い訳をしない。
・・・自分が何か出来ない事があった時に、決して障害のせいにしない。
3. 障害を隠さない。
・・・ご自身が抱えてらっしゃる障害の中で、高次脳機能障害の事を伝えるのが一番辛かったそうですが、それを伝えなくては前に進めないと思われて、周りの人に伝えたそうです。
〔2〕夢があるかないかが顔の表情を左右する。
入院中に島袋さんが出逢った入院患者さんの顔の表情の明暗は、障害の重さではなくて、夢があるかないかであると断言してらっしゃいました。
「退院したらこうしよう!」と夢を語る人の顔は明るく、逆に不安ばかりを言う人の顔は暗い。
夢を諦めた時に人は暗い表情になる。どんな時でも将来に夢や希望があれば、明るく生きられる・・・・このことからいつも夢を考えるようになられたとの事でした。
〔3〕講演最後の島袋さんのお言葉
「普通に歩いていた私がいきなり事故に遭い、いつまで生きていられるか保証がない事をつくづく感じました。
出来る事を今しなければいけないんだ。いつ死んでも後悔しない生き方をしようと心に強く思いました。」との事。
・・・以上です。
もっと詳しくお知りになりたい方は、写真1の島袋さんの<講述録> 「夢をあきらめない~出来ないことを探すのではなく、出来る方法を考えよう~」 または島袋さんと妹さんの栗田智美さんの共著 「義足のランナーーホノルルマラソン42.195kmへの挑戦」 または 写真2の島袋さんのことが載ってます「志高く生きる~命輝かせて~」 をお読み下さい。
最後に・・・
島袋さんが逆境にもめげずにこうして前を向いてこられたのは、もしかしたら彼の本質的な強さや彼を取り巻くご家族や友人の方の協力が大きく影響していたかも知れないと思うところもあります。
そして 「夢」 と言っても、今このコラムを読んで下さっている方の中には、それが思いつかない方もいらっしゃるかも知れません。
かく言う私も、他人に長い間流されて来て自分を見失っていた頃は、「ただ毎日をこなすだけで夢もない私に存在価値はあるのだろうか・・・?」と思っていました。
今、私には夢があります。
ですが、忙しさに取り紛れてその夢を忘れそうになったり、自分に言い訳をしたくなることもあります。
ですが、そんな時は島袋さんの事を思い出して、「夢をあきらめない自分でいたい」と思います。
一先ず今日から私も、「一番苦手な事に挑戦しよう!」と思っています。
それが出来たら今の夢も実現するような気がするのですね・・・。
島袋さんに感謝すると共に、島袋さんのお話を聴く機会を与えて下さった次男の高校の部活の監督にも感謝致します。
ところで、来る10月16日(土)に、国際和合医療セミナーが開催されます。ご興味のある方は、
PDF:
http://www.takanawa-clinic.com/1016.pdf
blog:
http://wagoiryou.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-398e.html
をご覧になって下さい。
先日、小動物中医学研究会(動物の鍼灸の勉強会)の講師である山内先生の病院(雪龍山エルム鍼灸院 http://elmmp.web.fc2.com/)に行ってきました。

写真1
山内先生の病院は同じビル(写真1)の中で動物の一般診療と鍼灸の治療、そして3階では人の鍼灸の治療もしてらっしゃいます。
今回は山内先生の動物の鍼灸の治療を見せて頂きました。

写真2
山内先生は、飼い主さまに飼い主さまと患者さん(動物)の近況をお聞きしながら、手際よく患者さんの脈をとられて治療されてました。(写真2・・・今見ると、この日はたまたま先生がマスクをしてらっしゃったので、何か怪しげな写真になってしまいましたね~・・・。これは斜頚(感染その他の原因で首が曲がってしまう病気)の兎さんに針を打っているところです。実際は飼い主さまとにこやかにお話しながら治療してらっしゃったんですけどね~・・・・。写真を撮るのが下手で申し訳ありません!)
この兎さんは一旦改善したそうですが、飼い主さまがお葬式等でお忙しくなり、家を空けがちになったそのストレスで、再び悪化したとの事でした。
やはり人も動物も“心と身体は繋がっている”ので、ストレスがいかに病気を悪化させるかが解かりますよね~・・・。
山内先生の講義を受ける様になって6年近くなりますが、実際に診察を見せて頂いたのは、今回が初めてでした。
今後の自分の診察に生かしたいと思います。
今度はもっと時間をたっぷり取って、動物の鍼灸治療と人の鍼灸の治療も見せて頂こうと思います(^^)!
山内先生、どうもありがとうございましたm(_ _)m。
つい先日、セミナーでお逢いした先輩ママから子育てについて話をお伺いする機会に恵まれた。
その方は三人のお子様の教育にかなりご尽力なさったらしい。
その甲斐あってか、各々の方が各々の職に就いてご活躍なさっているとの事であった。
それでも、「まだまだ足りなかったわ~。」 とおっしゃる。
そして「あなたのお子さん達はまだお若いから、今からでも間に合うわよ!自分の思う通りの色に染め直すことできるわよ!」 的なアドバイスを頂いた。
「へぇ~?! とんでもない!我が子とは言え別人格であり、子供は親の思うとおりにならずに子供が自分で思った通りにしかならないって言う事を学んでますよ!」 と私。
仕事に明け暮れて普通の母親らしい事が出来ていない私が言うのも実にオコガマシイのであるが、限られた時間の中で親が子供に教える事って、意外と少ないように思う。
- 「私はこれで良いのだ!今の私は人から愛される価値のある人間なんだ」と感じられる様な大人にする事。
- 人様に迷惑になる様な仕事でなければ、子供が自分で職を選び、自分の足で立って生きていける様になるまで見守る事。
この二つだと思うんだけどな~・・・・。
感謝や思いやりのある大人になること等・・・も加えようと思ったのだけど、そこまで言うと結構欲張りかしら・・・?と思って一応止めときました。
これまた動物ネタじゃなくて、すみません(>_<)!! でも、どうぞ決して 「○○しないと愛してあげませんよ!」とか、「○○ちゃん(動物の名前)は、この子よりう~んと可愛いのよね!」なんて事、お子さんの前で言わないでくださいね。 お子さんはちゃんと聞いてますから・・・。