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犬・猫・ペットの治療と予防│リリー動物病院

院長コラム

こんなことを書くと、コラムを読んで下さっている方をがっくりさせるかも知れないが、実は私は 「ずっと昔から獣医になりたかった!」 と言う訳ではない。
本当は、学校の先生になりたかったのである。
小学校一年生の時の担任の清水貞子先生に憧れ、「よ~っし!世間で出来の悪いって言われてる子もみ~んなひっくるめて可愛がる先生になるぞ~!!」 と高校2年まではずっと思っていた。(父はよくお酒の席で私のこの夢を馬鹿にしてきたが・・・。)

だが、いろいろな事情があり、獣医の大学に行き・・・そして今がある。

とは言え・・・やはり動物(特に犬)との切れないご縁はよく感じる。
そう、先日もこんなことがあった。

今春、鍼灸の専門学校に行ったのだが、8月のある日に行き詰ってしまったので、「θフィーリング」というものの個人セッション」を受けてみた。
以前から良いものらしいとは聞いていたが、よく分からなかったので、鍼灸治療で通院して下さっているあるワンちゃんの飼い主さまにお聞きしたところ、「知ってるよ!それならプロがいるから紹介してあげる!」 と言うことになり、即、受けたのである。

自分で言うのも何だが、「これ!!」と、思ったら、「東京でも福島でもインドでも行っちゃう!」 そういうフットワークの軽いところが私の良いところだと思っている。

θフィーリングの場所に着いて、先生と少しお話をした後、彼の誘導に沿って目を閉じて軽く瞑想?していくと、催眠術とはまた違うのかも知れないが、不思議なことに私の過去のいろいろな場面が浮かんできた。
物心つかないくらい幼い頃の両親との関係、娘時代・・・などなど。

ところが、摩訶不思議なことに、先生が今の私の仕事の事をおっしゃったわけでもないのに、途中で突然中一の時に私が可愛がっていた犬のお墓を掘るシーンが浮かんできたのである。
小学校3年生の時、家に紛れ込んでからずっと私が飼ってきて、中一の冬にフィラリアで死んでしまった「二代目チロ」である。
飼い始めた頃は、まだ小3ということもあり、チロに少し馬鹿にされてたところもあったが、高学年になった時には、いっぱしのご主人様?になっていたと思う。

その頃は、今の様にフィラリアの予防をするという習慣が殆んどなかった。
父が牛の獣医をしていた事もあり、当時牛の獣医を目指す獣医の学生さんが沢山泊まりに来ていた。
私が6年生になった時、チロの具合が悪い事をある学生さんに相談したら、「ゆりちゃん、手術で簡単に虫が取れるからそのうちやってあげるよ!」と言ってくれた。
その後何回かチロの手術をお願いしたのだが、とうとうしてもらえなかった。(大人って口では都合の良い事ばっかり言うんだな~・・・・。と子供心に思ったものである。)

亡くなるふた月くらい前からトマトケチャップ状のおしっこ(血色素尿)をし出し、ガリガリに痩せてきた。
フィラリア症の末期だった。
それでもいつもチロは部活が終わる私を待っていてくれて、一緒に散歩に行った。
子供心に、もうそう長くはないのではないかと思っていた。
そして、とうとうその日が来てしまった・・・。

部活から帰ると、母が「チロが死んだよ・・。」と言って、心配げに私の顔を覗きこんできた。
「そう・・・。」と一言だけ言って、チロの亡骸に逢いに行き、母と兄には 「どうって事ないわ! どうせ分かってたことだし。」みたいな顔をして、自分の部屋に入った途端、布団にうつ伏せになって、号泣した。
どれだけ泣き叫んだって、チロが帰って来ない事は分かっていたが、涙がどんどん溢れて止まらなかった・・・。

次の日の朝、部活前に早く起きて、チロのお墓を作った。
私の部屋から見える所にある松の木の下である。
一人でどんどん深く掘っていった。
「もうさよならなんだね~・・・。」と気持ちに区切りをつける為にも穴を掘ったのではないかと今になって思う。

θフィーリングで、なぜその場面が出て来たのか、よく分からない。

もしかしたら、最近大事な子を亡くした飼い主様たちの事が気になっていたからかも知れないし、何がしかチロからのメッセージだったのかも知れない。
この1月に受けた アニマルコミュニケーションの授業で、講師のローレン先生は、「動物は亡くなって数年したら、次の動物に生まれ変わるのよ。大体2年が多いのだけど、長くても10年くらいしたら、殆んどの動物が次世代の動物になっているわ。」とおっしゃていた。
チロが亡くなってから、もう軽く30年以上経っている。
一体これは何をか言わんや・・・???である。

面白いことに、その体験をしてからと言うもの、私がずっと飼ってきた犬達が連鎖反応の如く、頭をもたげる様になった。

「出逢いがあれば別れもある。必ずある。」
人と動物も、そして人と人とも・・・。


我が家のケン(11歳)
実にフレンドリーな性格である。MDがこんなに流行る前にうちの病院に連れてこられるMDを見て、これなら小さい我が子達と一緒に暮らしていけるだろうと思い、この犬を飼うことにした。
この1月にローレン先生のアニマルコミュニケーションを受けた時、「退屈で仕方がない。何か人の役に立つ事をしたい!」とケンが言っていたらしい。

私たちは動物達からいろいろな物をもらってこうして暮らしている。
似たような犬(猫、鳥、ウサギ、ハムスター・・・etc)は居ても同じ子は一匹もいない。
ご縁で巡り逢った今の動物を大切にしていきたいと思っている。

たった、一人では何もできないし、自分がどれだけ未熟であるかは自分が一番よく知っているつもりである。
今まで失敗をして、迷惑を掛けた場面も結構あると思う。
ただ、今の良き仲間達に助けられながら、私が元気で働ける間、これからもこの仕事を通じて、少しでも動物達と飼い主さま達のお役に立てるのであれば、本当に本望だな~と思う。


供血犬、ムサシ(6歳)
貧血の患者さんが出た時に、血を提供する為に我が家に6年前にやってきた。
飼い主さんは一応次男である。
シェパードがテレビで放映される警察犬のイメージとはうって変わって、とても落ち着きのない犬が多いという事を飼ってみて初めて知った。
好奇心旺盛でヤンチャな性格だからこそ、警察犬に向いているんだろう・・・。(ご近所の方々うるさくして申し訳ありません・・・!)
でも本当にカワイイ奴である。
2011年 9月 05日 掲載

遡ること、ひと月ほど前になるが、7月初めに東京で 『日本テレセラピー研究会』 が行われた。

『日本テレセラピー研究会』は、10年前にいわき市の氏家先生が、インドからテレセラピーの機械を日本の治療従事者用に輸入されて、同時に京都の堀田先生が研究会の会長に任命されて発足したものである。(テレセラピーとは、宝石光線療法のことであり、宝石のパワーを遠く離れた患者さんに送る遠隔治療のことである。

当初は、人数もまばらで、いわきの氏家先生の 「山」 と言う 瞑想道場で20人前後で行われた。それが今や100人を軽く超える様になり、代替医療がそれだけ必要とされる場面が多いと言うことを認識した。 (勿論、西洋医学や化学薬品を否定するつもりは毛頭ないが・・・。)

講演者の殆んどが、インドへ行った仲間であり、氏家さんの知り合いの方ばかりであった。
そして、講演は堀田先生始め、どの方のものも素晴らしいものであった。


堀田先生

陰山先生

全部列挙すると、このコラムの仕上がりが更に遅くなるので、簡単にまとめると以下の通りであった。

  • 堀田先生:
    「東北での大震災の意味を考えてそこから学ぶものは何かという事を考えよう。」「人間は誰もがある目的を持って生まれて来た。それを達成する為に、宝石(パワーストーン)の力を借りない手はない。」との事。
  • 松村先生:
    鬱の治療をずっとしてこられたが、テレセラピーが鬱にもかなり、効果を発揮するという事が最近解ったとのこと。
  • 植松先生:
    アスリートなど、体の軸をまっすぐにしないで勝負に挑むので、無理が掛かってくる。まずは身体の軸をまっすぐにすることが肝要である。
  • 鵜飼先生(獣医師):
    多くのペットは、飼い主さまと太いパイプで繋がっているので飼い主さまの気持ちやストレスを全身で受け取ってしまうので病気が治り難いことがある。ペットの病気を治す為には飼い主さまに元氣になって頂くことが大事である。よって鵜飼先生は、テレセラピーを患者さんであるペットのみならず飼い主さまにも掛けるとのこと。(同じ理由で私もたまに飼い主さまに掛けさせて頂いくことがあります。)
  • 秋田先生:
    護摩とは、簡単に説明すると、護摩の火を見つめることにより本来眠っている潜在意識を覚醒させる力を持つものである。また護摩の炎とマントラが遠く離れた人の間脳(悟りを開いたりする反面、煩悩とも関わる脳の場所)に届き、いろいろな病気を治すとのこと。(護摩は、テレセラピー(宝石光線療法)同様遠隔治療ができるのである。)
    また護摩焚きは、西暦806年に空海が中国(唐)から医学、芸術、仏像と共に日本に持って帰ったと、聞いて少し?驚いた。

などなど・・・とても興味深い内容の講演ばかりであった。

その後、講演者の方々を囲んで懇親会があった。
先にも書いた通り、二月に氏家さんが企画されたインド旅行へ行ったメンバーの殆んどが懇親会にも出席したのだが、インドで同じ班として6日間行動を共にしたお仲間とも逢うことができて、とても嬉しかった。


写真3

この写真は、向かって左から加藤氏、私、右はこの日護摩焚きについて講演された秋田氏である。この日は残念ながらお見えにならなかったのだが、班長の三井氏の4人で5班として行動した。
3人の方からは学ぶ事が多く、ある意味私の考え方も大きく変わった。
今でも私のこころはコロコロと右に行ったり左に行ったりする時もあるが、この方々にお逢いできた事は私にとってとても有意義なものだったと思う。

そして次の再会を楽しみにしてお別れをした。

(写真4 “氏家組”ならぬ氏家さんのお仲間の方々。今思うと、本当に濃い方ばかりである。マジに最強のメンバーであった。 この写真からものすごく強いパワー、感じませんか(笑)!?)


写真4
2011年 8月 18日 掲載

昨夜遅くに食べたアイス二個がきいたのか・・・朝から軽い胃痛があった。
心や身体が疲れた時、その代償作用として食べ物に走ってしまう(逃げてしまう)この悪い癖・・・。
体中の消化に関わる臓器達が“ひぃひぃ”言っているのが解るので、いい加減にやめないといけないと思いつつ、また昨夜も空腹でもないのにアイス等を食べてしまった。
「臓器さん達、ごめんなさい・・・!」 という感じである。

先週の日曜日の朝、やはり胃痛をこらえつつ、ヒンズースクワットをしながら、たまたま付いてたテレビを見ていた。
話がそれるが、私は半年前に煙草を止めてからと言うもの、3キロも太ってしまったのだ。
煙草を吸っていた頃は、午前の診察の後昼食抜きでそのまま手術をして、休憩なしで午後の診察に入っていたので、前夜にどれだけ過食しても、直ぐ体重は元に戻った。
だが、禁煙してからというもの、ご飯を抜いても元に戻らなくなってしまったのである。

今の専門学校のクラスの生徒の中には、スポーツトレーナーや整体の先生が結構いるので、そのうちの一人に 「スポーツジムに通う時間もないし、気功のビデオは持ってるけどそれを見ながらやる時間もないの。でも痩せたい!T君、どうしたらい~い?!」 と相談したところ、良いアドバイスをもらったので、2週間それを実行している。
お陰さまで少し引き締まって筋肉も付いた様な気がする。(T君、ありがとう~!!。)

だが良いことばかりではない。
こないだのツボの授業で、K先生が 「工藤さん、肩出して!」 っておっしゃったので、言われるがまま、Tシャツの袖をまくったら、「・・・。・・・。工藤さん、実に逞しい身体してますね~!」とみんなの前で言われ、言葉を失ってしまったのだ。
そう! 長年剣道で鍛えてきた私は、もともと筋肉質と言うこともあり、この二週間で実に逞しい腕になっていたのである。(ぐすん・・・。K先生!40代のおばさん生徒でも、乙女心はあるってこと、覚えといてね!)

話は戻るが、ヒンズースクワットをしながら観ていたテレビに、シャンソン歌手のクミコさんが出ていた。
私はシャンソンは聴かないが、彼女のことは、「確か広島の原爆をモチーフにした「祈り」って言う歌を歌ってたな~・・・。」くらいの事は知っていた。

彼女は、3月11日の大震災の時、岩手県石巻市のファンの方達に招かれて、コンサートをする為に石巻市まで行ってそこで震災に遭い、その状況を目の当たりにしつつ、なんと三日間も掛けて東京まで帰ってこられたのであった。
その後は、被災者の方々の事を考えては毎日涙し・・・、「私の歌なんか何の役にも立たない! おにぎり一個の価値もない・・・。」とずっと思ってこられたとのことであった。

その後震災から三か月が経ち、テレビではその時の主催者に再び呼ばれて、6月11日にコンサートをする為に石巻市に行った彼女の映像とそれまでの状況が描かれていた。
3月にコンサートをするはずだった会場は津波にのまれて使えなかった為、今回はデパートの中のそれはそれは狭い一角でチャリティコンサートをしていた。

歌い終わった後、 「おにぎりにはおにぎりの役割があり、今ここには、私の役割があった。」 と彼女は結んでいた。

私は、共感して涙しつつ、「この方 本当に素敵だな~!!」 と思った。

そう、無駄な経験って、何もないように思う。
嫌な事も後で考えたら、実はとても意味があったって事いくらであるし・・・。
そういうマイナスだと思われるような経験があるからこそ、晴れの日の心地よさや当たり前だといつも感じていた事に感謝する気持ちが芽生えてくるんじゃないかと思う。

(ただ、今回の大震災で大切なご家族や動物たちを失って、その悲しみや苦しみと向き合っておられる方々が沢山おられるので、私のつたない経験だけで簡単に物を言ってはいけないと思うところも実際はあるのだが・・・。)

クミコさんの話に戻るが、東京在住のクミコさんが今回こうして大震災に遭い、その後の彼女の人生観を変えたのではないかと思うし、確かに震災直後は歌よりおにぎりが必要だっただろうが、先日の彼女のコンサートで多くの方が励まされたのではないかと思う。
彼女は彼女の役割を震災後にしっかり果たしていたのである。

ところで、アニマルコミュニケーションの練習をさせて頂けば頂く程、動物達もそこの家に来るには来る理由や役割があるんだな~としみじみ思う。

さて・・・
「じゃあ私の役割は一体何なのだろう・・・?!」と考えることがある。
と言うより、実はそれを最近毎日考えている。
飽きもせず毎日・・・・。

「私の役割は何だろう・・・。
ちゃんと私は皆様のお役に立ってるだろうか・・・。
後、何年の間、私はこのペースで働くことができるだろうか・・・。」

私はこのひと月の間、診察に入る前に 「お役に立てる事ができたら本望です。ありがとうございます。」と心の中で唱えてから、一頭一頭の患者さん達と向き合うようにしている。
実はそう思わせるような事がいくつか起きた・・・。
その話になるとまた長くなるので、いつかコラムに書きたいと思う。

いつもの如く長くなってしまった。

一先ず、日曜の朝、たまたま付けたテレビでクミコさんのピュアで真摯な一面に触れることが出来て、とても良い一日だった。

今日も拙い私のコラムをお読み頂きまして、ありがとうございました。

それでは今日も元氣で行きま笑(^^)!!

2011年 6月 24日 掲載

昨日、小テストとは別に、中間テストの2教科目が終わった。
そのうちの一教科の結果は実に悲惨なものだった・・・。

終わったら、一目散で 「コーヒーショップ」 に行き、マスターに泣きごとを言った。

「ううう・・・・。マジに悲惨でしたわ~・・・。テストがあるって事はわかってたことなのに勉強の時間が取れなくて・・・。やっぱ一夜漬けして大失敗しましたわ~・・・。」
「大丈夫だよ! 世の中ちゃんと後でまた取り返しできるようになってるんだから~!」と言われ、妙に元氣になった。(マスターありがとう~(嬉泣)!)
30分程いつものコーヒーを頂きながら、マスターと歓談した後病院へ直行!
昨日も3時から患者さん・飼い主さまと向き合う。
午前中私の我がままを通して鍼灸の学校に行くようになってからは、午後の診察時間を一時間早めて頂いたり、午後オフだった日も診察に充てて、治療に来て頂いている。

二週間ほど前、テストの事を考えて仕事中に焦る自分がいた。
「テストが近づいているのにクラスの人達のように全然勉強できてないわ・・・!」って・・・。
そして夜は暗記する事の多さにため息をつきつつ・・・「あ~・・・。こんなことだったら、無理しないで獣医だけしてた方が良かったかも知れない。」と情けないことを考えてしまう日もあった。
(・・・こういうのを世間ではよく 「女の腐ったの」 って言うみたいである。
ホント、その通りかも知れない。・・・だけど、女の腐ったのって、差別用語で私は好きじゃない。 だって、男だってこんなこと考えたりすること、あるんじゃない?!って思うし・・・。
それに意外と女の方が腹が座ってるんじゃない?!と思う場面って結構ある。あっ・・・話が少しずれちゃった!)

患者さんと飼い主さまがこうしてせっかく来て下さるのに、絶対治療の手は抜けない・・・。
診察開始時間を一時間早めても、やはり終わる時間が遅くなる日が結構ある・・・。
そして時間は刻々と過ぎて行く・・・。


「夢をあきらめない」 島袋強さんの講述録

昨日の明け方、半泣きで勉強してたら、以前このコラムにも書いた島袋強さんの「夢をあきらめない」と言う講述録の冊子が目に入った。
「夢をあきらめない・・・。・・・・。本当にそうだよね・・・。あきらめたらおしまいだよね・・・。
う~ん、でも・・。後数時間後にはテストなんだよね・・・。テストに絶対に間に合わない・・・!」 

それから二時間ほどして、三男を学校に送りだす時 「〇〇~・・・。 母さん、今日のテストダメかも知れん・・・。」 と言ったら間髪を入れずに彼に言われてしまった。
「何言ってんだ!? こないだトイレに 『絶対最後まであきらめない!』 って張り紙したの、母さんだろ?! だから今日悪くても絶対あきらめるなよ!」と・・・。

正に 「負うた子に教えられ・・。」である。


うちの病院の神棚
あまり色々な神様を同じ空間に置いたらいけないと聞いた事があるけど、伊勢神宮の神様とインドの神様、それから治療に関して私が神様だと思う方々のお写真を祭らせて頂いている。仕事の合間にその方々を見て、ほっとしたりする。
(忙しくてお榊を買いに行けてない。そうだ!明日スタッフに買ってきてもらおう!)

そうそう・・・。
数日前にも、ある飼い主さまから 「先生、頑張って鍼灸の免許取ってよ~! 私ヒドイ肩こりで、先生の治療期待してんだからね~!」と言われた。(またもや嬉し泣き!)


鍼灸とおしっこの検査に来てくれる青木いちごちゃん。
お茶目で超ハイテンションのいちごちゃんなのだけど、いざ診察台に乗ってお灸が始まると、治療モードになっておとなしくしてくれる。

さあ、後 4教科、ガンバルぞ~!!
「良い治療をする為にも、これらは絶対必要な事ばっかりなんだから・・・!!」

昨日もうんこ乗せて寝てしまったので(訳のワカラン方は前回のコラムをお読み下さい。)、今日はすっぴんで図書館に行こう~!っと。 
どうか知ってる方にお逢いしませんように~☆ (ハハハ・・・。どうせバレんか~!!)


全然コラムには関係ないが、先日子供部屋で見つけたキーホルダー。
じゃりん子ちえのお父さんのテツである。
なんか、妙に気に入ってしまって、子供にねだってもらったものである。 
この顔を見てると笑える・・・変かも知れないが今一番のお気に入りである。
2011年 6月 12日 掲載

専門学校が始まって早やひと月半が過ぎた。

只今、午前4時半・・・。
実はこれは、専門学校が始まるず~~っと前からの悪い習慣なのだが、今日も化粧を落とさずに寝てしまった・・・。
学校の後仕事が終わって帰宅する頃には、いつも私以外の家族はみんな食事が済んでいる。
なので、私は一人で晩酌をしながら、食事を摂る。
実にオ〇ジみたいな生活である。
食事が済むと、テーブルからテレビの前に 「よいしょ」と座る。一旦は・・・。
すると、テレビを見る為に二階から降りてきた息子の一人に 「母さん、また寝とるじゃん!化粧落として部屋でちゃんと寝ろよ!!」 と、叱られる・・・。
「うん・・・。」 と私。
一体どっちが親なのか?!・・・(苦笑)。
ついこないだまで、この子達、小っちゃかった様な気がするんだけどな~・・・。

昨夜も息子の忠告を聞かずに、化粧をしたまま居間で寝てしまった。
同じクラスで仲良くなった、エステシャンのオバ友(同じ40代の気の合うオバサン友達ね。)に言わせると、それは思いの外肌に悪いとの事!
この間も 「私もたまにやっちゃうけどさぁ~、それって本当にまずいよ! ゆり子さん、うんこを顔に乗せて寝てると思って、眠くても頑張って化粧落とさなあかんよ。」と言われてしまった。
その後のオバ友同士の会話は、朝開口一番、「私、またうんこ顔に乗せて寝ちゃった~!」 「うっそぉ~!マジに気をつけなあかんよ~!!」・・・・同じクラスの周りの若い子達はその会話を聞いて、怪訝そうな顔で私達を見てたのは言うまでもない・・・。


学校に行って二日目に入った喫茶店
いつの間にかお得意さんになってしまった。
ここのマスターは無類の映画好きであり、ユーモア抜群のめっちゃ楽しい方である。
最近は勉強が忙しくて少しご無沙汰してるけど・・。

ところで、鍼灸の専門学校がこんなに厳しいとは正直言って思ってなかった・・・。
大学時代は、朝から晩まで剣道三昧で勉強と言ったらテスト週間しかしたことのなかった私だったが(もしかしたら、今の獣医の学生さん達は違うかも知れないけど。)、この専門学校の生徒さん達は違う!!
授業後のラウンジ(自販機が置いてあって、軽食等を摂ることが出来る空間)では、様々な年齢の様々な学科(はり・きゅう学科の他、柔道整復学科やスポーツ系学科)の人達が固まって勉強してたり、別の場所でみんなで勉強する為に待ち合わせをしてたりするのである。

私は授業後、少し焦りながらみんなを横目で見つつ、仕事に行く為に毎日帰っていたが、最近は一時間でも良いからと、仕事前に学校の図書室に残って勉強する事にした。(たまに睡眠学習もするけど・・・。)


学校のラウンジでみんなが快食、快勉?をして去った後、一人やってきて、ベランダで勉強するオジサン学生。(勝手に撮ってごめんなさいね!)

先週、実技と筆記のテストが一つずつ終わり・・・今週は更に筆記のテストが二つある。
そして、6月は中間テスト、7月後半からは期末テストと続く・・・。
その上、もぐさのお灸の宿題がある。
一枚のプリントに140個のもぐさ灸を作り、計40枚期末テストまでに提出するのだ!
今のところ、一枚仕上げるのにどんくっさい私は50分も掛かってしまう。
40枚目には何分で仕上げる事ができるのか、今から楽しみである。(換言するなら、楽しみながらする方が良いと、自分に言い聞かせてるところである・・・うぐっ・・・。)


うちの病院の供血犬ムサシ
年に一~二度は貧血の患者さん(犬)に血を分けてくれる。
家ではこの通り、大切な家族である。
コラムにつまって、ムサシを見たら、ボールを持ってきて遊んで~!と言いだした。

さあ、夢に向かって、一つ一つ頑張って行こう~!!
6年前に中獣医学研究会で山内先生から、動物の鍼灸を学んで行くうちに東洋医学の奥深さを知り・・・どうしても動物と人の鍼灸師になりたくて、この4月にやっと専門学校に行ける様になったんだもんね!
その道を開いて下さった校條先生、山内先生、岩西先生、協力してくれる獣医達とスタッフ達、そして家族に心から感謝している。
感謝してるんなら、まずは一つ一つのテストをガンバんないとね~!!

今日みたいにたまに家に居ると、普段手を抜いてるだけに、風呂場のカビや階段の埃などがやたら気になって来る。
だから、図書館に行って、学生さん達に混ざって勉強してこようかな~!と思う。
(そうそう! 私も一応学生ですしね。)

2011年 5月 22日 掲載

「人前で泣いてはいけない。涙はこらえなくてはならない。泣くことはみっともない事・・・。」 と、教えらて育ったせいか、私達日本人は結構泣けない人が多いような気がする。

わざわざ人前で泣く必要なんかないんだけど、涙をこらえてしまう癖のある人がたくさんいるんじゃないかな~・・・。と思う。

勿論私もその一人だった。
でも、最近はちょっと違う。
年を取って涙腺が緩くなったせいなのか、少しだけ自分に素直になれてるせいなのか・・・??
名古屋の専門学校までの車の中で時折泣くことがある。

今、うんと辛い思いで過ごしてる友人達がいて、彼女たちの事を考えると涙がどんどん溢れてくる・・・。
私が泣いたところで、友人達が救われる訳ではない。
祈ることと泣くことしかできない自分がとても歯がゆい。
そう思いつつもやっぱり泣けてくる・・・。
本当は逢って、「ぎゅ~っ!!」としたいのだけれど、それもままならない。

そう・・・今回の大震災で避難所で過ごしてらっしゃる方の中にも、本当はもっと泣きたいのに周りに人がいて泣くこともできない人がたくさんいらっしゃるのではないかと思う。

「泣いたって何の解決にもならないよ! 大事なあの人もあの猫ちゃんもあのワンちゃんも帰ってこないじゃない!!」  ・・・確かにそうかも知れない。
涙が枯れるくらい泣いても、亡くなった人や動物達は帰ってこない。
でも、涙をこらえる必要はないんじゃないかな~・・・。

泣いたからって決して弱いわけじゃない。
泣きたい時は泣けばいい。

先日、あるご縁で治療家の内尾政明先生と電話でお話しをした時、内尾先生が 「一生懸命努力しても、ままならないことがあるけれど、お互い力強く生きていきましょう! 
力強く生きるって事は、頑張って生きるって事とちょっと意味合いが違うんだよ。」
とおっしゃった。

そう・・・。
私も、これから 「力強く生きよう!」 と思う。
時に涙することはあっても・・・・。

2011年 5月 13日 掲載

今日(4月12日)から、私は名古屋の鍼灸の専門学校に通うことになりました。

ぴかぴかの一年生です(^^)V。
一昨年入会した師温会(中医学の最高峰 恩雪楓先生の教えを伝授する鍼灸の勉強会です。)には、私と同じ様に結構イイ年になってから鍼灸の専門学校に通われた方が二人お見えになり、先日のセミナーでお逢いした時にいくつかアドバイスを頂いた。

①年取って記憶力も落ちてるんだから、若い子達とグループになって一緒に勉強して、とにかく定期試験と鍼灸の国家試験に受かるようにすること。
②先輩の過去問を入手して、一つ一つの定期テストを頑張ること。

との事・・・。
そのうちの一人の先生から 「私、みんなからお母さんって呼ばれてたのよ!」 って言う話をお聞きした時、正直言って 「私はお母さんって呼ばれるの、ちょっと寂しい気がするな~・・・。。。」と、思った。
だが、昨日の初授業で自己紹介があった時、みんなのプロフィールなどを聞いて唖然としてしまった。

26人中、40代の女性は私を含めてたった3人、男性は50代1人、60代1人・・・・後は殆どが18~19歳。そして柔道整復師やスポーツトレーナーとして働いている方が数人(殆ど20~30代)。
なのでクラスの7割弱が長男と同じくらいの年の男の子と女の子ばっかりなのだ・・・。

「トホホ・・・。これじゃあ、やっぱり お母さんって言われてもしゃ~ないわ・・・。」と思ってしまった。

一日が無事終わり、3時からいつもの様に病院で診察をしたが、何だかとっても新鮮でうきうきだった。

(写真は先週のオリエンテーションの時に撮ったものである。)
※午後の私の診察時間を変更させて頂き、皆様には大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
先日トップページでお伝えした通り、人の鍼灸資格獲得の為、三年間午前は学校に行かせて頂きます。
午前は加藤獣医師と水出獣医師が診察させて頂いております。
午後は私と加藤獣医師です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

2011年 4月 12日 掲載

大震災があってから二週間が過ぎた。
その間ずっと偏頭痛と共に首と肩の張り方が尋常ではなかった。
食欲がないのはそのせいだと思っていが、どうせいつもの事故の後遺症だろうと思っていた。

昨日(26日)は病院を休んで、静岡の整骨院の植松先生(国際和合研究会の準備会で昨秋お逢いしてから、月一でお世話になってます。)の所へ行ったのだが、診察室に入った途端植松先生が、「何~??ひどいね~・・・。首がこんな風に曲がってるよ!!」と、亀の様に首だけ前に突出している格好をされた。
それが笑っちゃうくらいひどい格好なのである!(真面目に真っ直ぐ立ってるつもりなんだけどな~・・・。)
「これって大震災のせいなんだよね~・・・。テレビで映像を見たりすると、その酷い状況をそのまま体がかぶっっちゃって、ゆりちゃんみたいに食欲が落ちたり調子悪くなる子供達が多くって、今結構そういう子達を治療してるんだよね~・・・。」との事であった。

歪みを矯正して頂いたお陰で、身体は随分楽になったのだが、治療中に先生がお話下さった中でとても興味深い話があったので、コラムに記すことにした。

それは 『祈り』 についてである。
植松先生曰く 「ゆりちゃんは、結構外さないよね~!! この4日間、インドの力のあるいくつかの寺院にお願いして、今回の大震災の『プジャ』(寺院の僧侶達にお祈りをして頂くこと。)をしてもらってるんだけど、今日はその最終日なんだよね! 僕は予約表をいつも見ないんだけど、こういう日にゆりちゃんが来るのは絶対意味があるよね!!」とのこと。
いつもなかなか予約が取れないので、実は一月前に予約を取った事をお話したのだが、植松先生はそれだからこそ余計意味があるのだと仰った。
以下は植松先生(U先生)と私との会話である。

・私;祈りって、大事なんですね・・・。
私、ある飼い主様に「今回の地震で一番大事なのは祈りかな~・・。」って言われた時、「いや~・・・。一番はやっぱり物資でしょ!!」と思ってましがた、後で考えたら祈ることって大事かもしれないと思い直して、毎朝毎晩、神棚で祈ってました。
・U先生;そうなんだよね~・・。
祈る事ってすごく大事なんだよね! 勿論祈りと共にカップラーメンでも何でも送れる人が送る事も大事なんだけどね。
そうだ!!せかっくだから、僕が今やってるマントラを教えてあげるわ!
まず、ガネーシャを一つ目のマントラで呼ぶ。(そう言えば何かお願い事がある時はまず始めにガネーシヤを呼ぶのだと、初めてインドへ行った時に聞いた事があった事を思い出した。) 
次にガネーシャの父親のシヴァ神を呼ぶんだよね。
シヴァ神は、「破壊と創造の神」だから、この地震がこれ以上起きないようにお願いすると共に、早く復興される様にお願いするんだよ。

・・・・と言う事で、植松先生は、いきなりメモ用紙を取り出してマントラを書いて、私に下さった。
それを今朝やってみたら、涙が溢れてきた・・・。どんどんどんどん・・・・。
自分でもわけが解らなかった。
正に先月ラーマン・ババにお逢いした時と同じ様な感じなのである。

「言葉は言霊」 だと聞いていたので、神主さんが唱える祝詞でも仏教のお経でも、そして護摩焚きの祈りの言葉でも、言葉の意味だけではなく、その音にも何か意味があるのだろうと思ってはいたが、本当に不思議な体験をした。(だからと言って、今晩また唱えたら涙が出るとは限らないが・・。)
本当はどんな形でも良いとは思う。
取り敢えず、今日から私は 「お亡くなりになった方々のご冥福と被災地の方々が心身共に健康であられる事。これ以上地震が起こらない事。そしてこれからの日本が良い方向に行く様に」 とお祈りしながら、毎日マントラを唱えることにした。

このコラムをお読み下さって、「祈ってみようかな~。」と思われる方がおみえでしたら、宜しければ以下の祈りをしてみて下さいね。

①ガネーシヤを呼ぶマントラ・・・3回
「オーム・ガネーシヤ、ナマハ」
②シヴァ神に対してのマントラ・・・108回
「オーム・ナマシヴァヤ」

2011年 3月 27日 掲載

大災害があって、4日明けても尚、余震が続き・・・連日被災の報道は続いている。
福島の原発も本当に心配である。

地震があった夜、いわきの瞑想の師の氏家さんや以前インドへ一緒に行った仲間、そして岩手の夫の実家等と連絡が取れ、建物の半壊があった(氏家さん)とは言え、無事だと聞いて安心したが、依然宮城の大学時代の友人と連絡が途絶えたままであった・・・。
だがやっと先程携帯が繋がり、無事である事を知って安心した。

彼の動物病院は、血液検査の機械が壊れたに留まり、家族全員無事だったようだが、食料品も水もガソリンも底を尽きかけており、携帯が繋がった時も家から出て水をもらう為に今家を出たばかりとのことであった。

「今私に出来ることはない??」と聞いたところ、「郵パックも今作動してないし、自分達は米があるから何とかしのげるが、浜の方が本当に大変だから、あらゆるルートで被災者の人達に物か義援金を送ってあげてほしい。」との事であった。

今日また病院の飼い主さまに義援金のお願いをし、知多半島の勉強会仲間や倫理法人会にも一斉メールするつもりである。
たまたま今回私達の所は無事だった。
だからこそ出来ることはとに角何でもしなくてはならないと思っている。

皆さま、ご協力の方よろしくお願い申し上げます。

2011年 3月 15日 掲載

何故かいつも気ぜわしい・・・。
仲の良い友達に言わせると、「ゆりちゃんはマグロみたいな性格なんだよ!忙しくしてないと死んじゃうんだよね!」との事だが、それは絶対違うと思う。
ただ、状況がそうさせてるだけなのだ。
愚図でのろまで・・・小さい頃から母に 「あなたみたいなのろまは火事になってものろのろしてて、みんなが逃げてもあなただけ逃げ遅れて、絶対焼け死ぬに違いないんだからね!」と、何度言われたことかわからない・・・。(苦笑)。
実際、テレビでコアラやナマケモノを見ていると、親近感が湧いてくるのも事実である。

さて、私の性格と仕事の忙しさが重なって、「インドへの旅~その3」が仕上がらずに今日に至ってしまった。
その3はラーマン・ババにお逢いした時の事を書こうと思っていたので、言うならばこの旅行記の一番のエッセンスなのだが、なかなかまとまった時間が取れなくて、気がついたら帰国して3週間近く経っていた。

一先ずこの旅で感じた事を忘れないうちに書こうと思う。
帰って来て感じたことは、「パワーアップ↑↑」 したことである。
そして、この旅は正に 「浄化」の旅であり、同時に 「執着をなくす・・・捨てことの大事さ」 を学んだ旅だった様な気がする。

私は強靭な体力の持ち主だと我ながら思うが、鑑定士の友人が言うには、今年は9年に一度起こる 「かんにゅう」 と言って、体力がとても落ちる一年なんだそうだ。
そう思うからそうなるのかどうかは分からないが、確かにインドへ行く前はやたらしんどかった・・・。いつも えら~・・。と言う感じだった。
だが、今は恐ろしい程元氣なのである(^^)V。
そして私の座右の銘?に 「良い事があるから笑うのではなく、笑うから良いことが起こる」(確かメンタルのセミナーの外部講師をされていた笑顔共和国の福田純子さんのお言葉だったように思う。)と言うのがあるのだが、そんなに無理しなくても、鏡に向かうとやたら笑顔になっている自分がいるのである。 よほどの睡眠不足の時以外は気持ち悪いくらいいつもニマッとしている・・・。

そうなんです!!
ラーマン・ババにお逢いして、今まで何十年もの間溜まっていた垢の様なものが一気に涙と共に浄化され・・・帰国してからもまだ少し拘っていた事があったのだが、仕事をしていた時にふっと吹っ切れる自分を感じて実に楽になったのである。
インドは二回目なのだが、今回の様な体験は初めてであった。
インドへ行くという事を他人に告げると大体は 「良いですね~!インドへ行くと人生観が変わるって話ですよね!」と言われるが、一回目はそうは思わなかった。
ただ、前回同様、貧困階級の方々(特に子供達)が沢山いて、駅で「何か食べる物ちょうだい!」と囲まれる度に心が痛んだ・・・。
そういう意味では、フクザツな気持ちと共に 「日本に生まれて来て本当に良かった!」と思ったのも事実である。
通訳のカンさんの話によると、インドの中で文盲(読み書きが出来ない事)の方は4割近くいるのではないかとの事だった。
今の日本では絶対考えられない事である。
そして、男性の平均寿命が58歳と言うことにも驚いた。
なんという現実であろうか・・・。。。

あらあら・・・。
その3の前に軽く書くつもりだったのに、長くなってしまいました!

それでは今日はこの辺で~ウンパッパ

2011年 3月 07日 掲載