魂の契り②・・・みんな逢うべきして逢ったんだと思う今日この頃
前回のコラムでは、ローレン先生にお聞きした「魂の契り」について書かせて頂きました。
そして 「来院される方々を見ていると、飼い主さまと病気の患者さん(動物)とのご縁の深さを感じる」とも書きました。
本当にその通りだと思います。
なぜかと言うと、「もしかして、大変な病気になるって分かってて、この子はこの飼い主さまを選んだんじゃないの?!」って思う場面が結構あるからなんですね・・・。
私は以前からずっと 「『この人なら、きっと私が重い病気になっても親身になって面倒みてくれるだろう・・・。』ってこと、動物の方は最初から分かってたんじゃないかな~・・・。」 と思ってました。
ただそのことを動物が察する瞬間は、ローレン先生がおっしゃったようにお互いの魂が肉体に入る前ではなくて、飼い主さまと動物が初めて出逢った時に、動物の方がピン!!と来るんだろうと思ってました。
私がずっと思っていたことが正しいのか、ローレン先生がおっしゃっていた事が正しいのかの判断は難しいのですが、この1月にローレン先生のお話をお聞きして、私なりに納得できました。
そうです! 私達と動物はもともと繋がっていて、逢うべくして逢ったのです!!
ですがこれには「但し・・・」が付きます。
なぜなら、病院で治療させて頂く立場の私は、「愛するこの子が病気で可哀想で・・・だから忙しいけど時間と治療費を掛けてでも治してあげたいの!」と言う方々しか見てませんからね・・・。
もしかしたら(もしかしなくても)重症で苦しんでいる動物を傍で見ながら知らん顔をしている飼い主さまもいるんじゃないかって思うんです。
虐待を受けている動物も、虐待を受けている人間の子供もしかりです。
私は 「そういう子達はどんな解釈をしたらいいんだろう・・・???」ってずっと考えてきました。
そしてそういう勉強をしている人達を捕まえては、その方々にその疑問をぶつけてきました。
一先ずこの件に関しては、今日のコラムでは置いときますね!
先程の話に戻ります。
重症の病気の子(動物)を抱えた多くの飼い主さまは本当に真剣です。
その子が良くなっているのかいないのかは、待合室のお顔付を見れば直ぐ解ります。
それだけその子のことを愛しているのです。
愛する動物が重い病気になれば、何をしていても心配なのは当然です。
ですが逆に心配し過ぎていることが、その子の負担になることもたまにあります。(・・・そのことも一先ずここでは置いときますね!)
私はたまに飼い主さまとムサシの話をします。
ムサシが亡くなって10か月半も経ちました。今でもムサシの事を思い出すと涙がこぼれます。
多くの方がそうなように、私もムサシを始め今まで出逢った動物達からたくさんの愛をもらってきました。
「生まれながらにして賢くて想像力の豊かな人を除いては、何でも経験しないと解らないのではないか。」と思います。
なので、よく飼い主さまが「犬なんかにそこまで力を入れておかしいんじゃない!?って言われちゃうのよね~・・。」とおっしゃる度に、「そういう大切な存在に出逢ったことのない人には分からないことですから気にしなくて良いんじゃないですかね~。」とお応えします。
そうそう・・・一体何が言いたいのかって~?!
「ご縁があってその子と出逢ったのであれば、最後まで面倒を見てあげて下さい。」って言うことですかね・・・。
決して完璧じゃなくていいのです。
誰だって自分の生活があります。 ご家族が急に病気になられたりして、手を掛けてあげたくとも掛けられない時もあると思います。
だから出来る範囲でいいのです。(私もムサシが病気になった時、出来ることしかしてあげませんでした。)
彼ら(動物)の多くはご家族の状況を理解しています。
なので、“よっぽどその子が辛いのでなければ”、病気になったからといって捨てようとしたり、むやみに安楽死の選択をしないで下さい。
これは今まで臨床をしてきた一獣医であり動物達から沢山の愛をもらった不出来な一飼い主からのお願いです。
せっかく魂の段階で約束して出逢ったのですから、どうぞ大切にしてあげて下さいね。