横隔膜ヘルニア ①
横隔膜ヘルニアとは?
『横隔膜ヘルニア』は横隔膜に穴があいて起こるヘルニア(※注1)です。
横隔膜は胸とお腹の境目にある膜状の筋肉で、呼吸するうえでとても重要な役割を担っ ています。
息を吸う時は横隔膜がお腹側に緩み、息を吐く時には横隔膜が胸側にピンと張 る必要があります。
このため、横隔膜ヘルニアを起こしてしまうと十分な呼吸ができなくなります。
また、横隔膜があることで胸腔(心臓や肺が入っている空間)は腹腔(胃や腸、肝臓、 すい臓など多くの臓器が入っている空間)よりも低い圧力で保たれています。
横隔膜に穴 が開くと、腹腔の臓器が低い圧力であった胸腔内に引きずり込まれてしまいます。
つまり、横隔膜ヘルニアを起こしてしまうと「横隔膜の破れた穴からお腹の中の臓器が胸 に入り込み、うまく呼吸ができない」という症状が起こります。
胸腔内に引きずり込まれた臓器の量が多ければ多いほど呼吸困難がひどくなります。
原因:
主に外傷が原因です。
最も多いのは交通事故ですが、高い所からの落下事故でも起こりま す。
これは事故の時に非常に強い力が急激にお腹に加わった場合、横隔膜が破れてしまうためです。また稀に先天的な原因(胎児の時に上手く横隔膜が作れず、穴が残ってしまう)の事もあります。
先天性横隔膜ヘルニアには心囊膜(心臓を包む膜)と横隔膜の穴が繋がって、心囊の中まで腹腔内の臓器が入り込んでしまっている心囊横隔膜ヘルニアというタイプもあ ります。
治療:
この病気は横隔膜にできた穴を手術できれいに塞ぐことで治療します。
【※注1】
ヘルニアとは「身体のなかの組織が本来あるべき場所からずれて、違う場所に入り込んでしまっている状態」を示す言葉です。
例えばよく名前を聞く『椎間板ヘルニア』は背骨を作っている一つ一つの骨(椎体) の間の『椎間板』がずれてしまっている病気です。
他にも臍ヘルニア(おへそで起こるヘルニア)、鼠径ヘルニア(お腹-腿の付け根で起こるヘルニア)、会陰ヘルニア(お尻で起こるヘルニア)などがあげられます。
以下は実際の横隔膜ヘルニアの治療のお話です
仔猫ちゃんはお家の前でうずくまっているところを飼い主さんに保護されました。
ひどく衰弱しているということですぐに病院に連れてきていただきました。
診察台の上で苦しそうにハアハアしていて、後ろ足にも力が入らない様子です。
横から撮ったレントゲン写真です。黄色のラインは本来あるべき横隔膜のラインです。
本当であればここまで肺が広がり、写 真上で黒く写ってくるはずですが、そのラインが確認できません。
また、肺のあるべき位 置まで腹腔臓器が移動してしまっているのがわかります。
伏せをした状態で撮ったレントゲン写真です。黄色の丸で囲まれた部分が入り込んだ臓器です。
お腹の中の臓器の大部分が胸に入り込ん でしまっているようです。
この写真でもやはり肺の位置まで腹腔内の臓器が入り込んでいるのが確認できます。
撮影の向きを変えることによって横隔膜の右側で横隔膜ヘルニアを起こしていることがわかります。
また、右側の骨盤に一部形の異常があり、骨盤骨折が疑われます。
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検査結果から手術の必要があることをお伝えすると、飼い主さんはすぐに「できることをしてあげて下さい」と言って下さいました。
この子はまだ生後2ヶ月ほどで体重も700gほどしかない小さな小さな猫ちゃんです。
横隔膜ヘルニアの手術では手術中に人工呼吸が必須ですので、まずは気管チューブが入るかどうかがカギになります。
院内にある一番小さな気管チューブを渡辺先生が入れてくれました。お見事!!!
すぐに人口呼吸を開始し、おへそから胸のところまで切開します。
腹腔内の様子は・・・・
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子猫ちゃんの横隔膜には大きな穴が空き、そこから肝臓・胆嚢と小腸、胃が横隔膜から胸腔側に飛び出してしまっています。
臓器を傷つけないようにそっとお腹側に戻して行くのですが、胃が引っかかってしまってなかなか戻すことができません。
そこで肋骨の一部 を切って横隔膜の穴を広げると、スムーズに戻ってきてくれました。
ここまで麻酔も順調!
実は臓器を戻すことでもリスクは一気に高まります。
入り込んだ 臓器で圧迫されていた肺が急に広がってしまうことが理由の一つ。
もう一つの理由は胸腔内に入り込んだ臓器が正しい位置に戻ることによって、悪くなっていた血液の流れが改善 してショックを起こす可能性が出てしまうこと。
子猫ちゃんの心拍、血圧などをモニター で確認してみると、嬉しいことにとても安定しています。
横隔膜に開いてしまった穴の位置を確認したところ、穴の破れ目は肋骨ギリギリにあります。
この為、横隔膜の破れ目同士を普通に縫合するのではなく、肋骨に糸をひっかけながら縫うことで強度を確保しておいたほうが良いと判断しました。
穴を縫い終わったら胸腔を陰圧に戻して臓器の位置を再度確認。問題がないことをしっかりと確認し、お腹を閉じていきます。
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